風でページがめくれる

図書室から借りた本を抱えて屋上へ行くと、彼女はフェンスの前で手紙を破ろうとしていた。

風が強く、便箋の端が何度も持ち上がる。僕が扉を閉める音に、彼女は肩を跳ねさせた。

「見た?」

「紙は見た」

「字は?」

「見てない」

本当だった。けれど、封筒の宛名だけは見えた。同じクラスの女子の名前だった。

彼女は僕の顔を探るように見てから、非常階段へ続く壁際に座った。僕も少し離れて座り、本を開いた。読んでいるふりをしたが、風が勝手にページをめくって先へ進んだ。

「変だと思う?」

しばらくして、彼女が言った。

何が、と聞き返すのは卑怯な気がした。

「思わない」

「まだ何も言ってない」

「宛名は見えた」

彼女は膝に額をつけた。

好きになったのだという。最初は憧れだと思った。髪型を真似したくなるのも、声を聞くだけで嬉しいのも、友達なら普通だと思った。けれど相手に彼氏ができたと聞いた日、保健室で吐いた。

「誰にも言えない」

「今、僕に言った」

「言わされた」

「風に?」

彼女は少しだけ笑った。

僕は恋愛相談をされた経験がない。まして、正解の言葉など知らない。大丈夫とも、告白しろとも言えなかった。相手の気持ちは分からないし、傷つかない保証もない。

「その手紙、渡したいの」

「分からない」

「破りたい?」

「それも分からない」

風がまた吹き、僕の本のページを一気にめくった。最後のページまで行き、ぱたんと閉じた。

「本は、風に読ませても意味ないな」

僕が言うと、彼女は顔を上げた。

「何それ」

「人の話も、勝手に結末まで決めたら意味ないってこと」

言ってから、ひどく格好つけた気がして恥ずかしくなった。けれど彼女は笑わなかった。

「結末、決めなくていい?」

「今日は」

彼女は便箋を丁寧に折り直した。破らず、封筒にも戻さず、本の間に挟んだ。

「預かって」

「僕が?」

「私が持ってると、破るか渡すかしそうだから」

僕は手紙を受け取り、借りた本の真ん中に挟んだ。

「返却日は来週だけど」

「それまでに考える」

「延長もできる」

屋上を出るとき、彼女は僕より先に扉を開けた。廊下にはいつもの学校があり、いつもの声がした。

一週間後、彼女は手紙を受け取りに来た。渡すかどうかは教えてくれなかった。

ただ、図書室の貸出票には延長の印が押されていた。

僕らはそれを見て、少し笑った。結末を急がないための、小さな猶予みたいだった。