風車を止めた朝

夜明け前の六号機は、海から吹く風を低い音に変えていた。

定期点検を終えれば、奥平沙都は保守会社で最後の勤務を終える。点検車の助手席には、折れないよう工具箱から離して置いた退職届がある。発電量は需要予測ぎりぎりで、管制室からは「異常がなければすぐ再稼働」と連絡が来ていた。

数値上の振動は基準内だった。だが沙都は、回転数を落としたときだけ現れる細い波形を見つけた。前月のデータと重ねると、同じ位置の山が少しずつ高くなっている。作業着の袖には、点検口で拾った銀色のグリース片が付いていた。

塔の上では冬の風が工具袋を叩き、足元の海が鉄板の隙間から見えた。沙都は安全帯を掛け直し、同じ箇所をもう一度測った。早く降りたいという気持ちと、早く動かしたいという管制室の都合を、波形へ混ぜないためだった。異常なしと書く方が早い日は、いつも正常な日とは限らない。

「警報は出ていない。止めたままだと違約金だ」

管制担当は急かした。

沙都は再稼働の許可を出さず、主軸受の追加点検を申請した。

「警報は壊れてから鳴る設定です。今は、壊れる前の形に見えます」

同行した新人の朔が、センサーを付け直そうとした。

「測定ミスかもしれません」

「だから消さない。付け直す前の波形も残して、別のセンサーで比べる」

二系統で測ると、同じ山が出た。カバーを開けた整備員が、軸受の保持器に髪の毛ほどの亀裂を見つけた。再稼働していれば、数日以内に破損し、交換範囲は主軸全体へ広がっていたという。

六号機は停止したままになった。発電量は落ちたが、管制室は他施設から融通する手配を取った。

所長から届いた停止報告には、〈担当者判断により発電機会を損失〉とあった。

沙都は亀裂の写真と波形を添付し、〈破損前の予防停止〉へ書き換えて署名した。壊れなかった結果を、判断の誤りとして残したくなかった。

報告書と一緒に退職届を提出する。次の仕事の欄には、まだ何も書かなかった。

点検車の予定表を開き、退職日の翌日から一か月を、すべて〈休み〉で埋めた。