魂は月謝に含まれません
鴉の羽根で作られた黒い筆が、羊皮紙の上に置かれた。
「師弟は一心同体。だから授業料はいらん」
死霊術師メルザックは、前の人生と同じ恩着せがましい笑みを浮かべた。
孤児のポルカは、その言葉をありがたがって弟子契約へ署名した。契約には「師の危機に一割の力を貸す」とあった。だが古代語の“一割”は、数字ではなく“最初の一片”という意味だった。
メルザックが死ぬたび、最初に砕かれるのは弟子の魂。
ポルカは七度、彼の身代わりになった。七度目には戻る魂が残らず、師は灰になった彼女へ「役に立った」とだけ言った。
その声の次に聞こえたのは、契約室の時計だった。
同じ黒い筆。同じ黴臭い本棚。同じ、窓辺で居眠りする骨の猫。
メルザックが羊皮紙を押し出す。
「名を書くだけだ。難しい古代語は、いずれ教えてやる」
前回は読めなかった。
今のポルカは、七年分の修業と、師が死ぬたび唱えた蘇生文句をすべて覚えている。
「お断りします」
「孤児のお前を、ただで拾ってやると言っているんだぞ」
「ただではありません。魂七個分です」
メルザックの頬が引きつった。
ポルカは黒い筆を逆さに持ち、羽軸で隠し文字をなぞった。羊皮紙から紫の文字が立ち上がる。
《師の死一回につき、弟子の魂片一つを代償とする》
《七片消費後、弟子の肉体および蔵書を師が相続する》
「翻訳が間違っている!」
「では、師匠が署名してください。契約の左右を入れ替えて」
ポルカが羊皮紙を半回転させると、メルザックは椅子ごと後退した。その拍子に、机の引き出しが開く。中から同じ契約書が何十枚もこぼれた。署名者の名はすべて別。死亡欄には赤い丸が並んでいる。
骨の猫が目を覚まし、契約書へ前足を載せた。死者の証言を読む使い魔だ。
部屋中に、歴代の弟子たちの声が響く。
――返して。
――私の名前を返して。
――次はあなたが払え。
黒い筆がひとりでに動き、契約の作成者欄へメルザックの名を書いた。盗んだ魂片が一斉に彼の影へ噛みつく。
前の人生では、署名直後にポルカの胸へ黒い欠け月が浮かんだ。
今、その印はない。
代わりに魔術学院の入学証が窓から飛び込み、彼女の手へ収まった。
《告発報酬として、学費全額免除》
骨の猫が初めて人の声で言った。
「今度の師匠は、選べ」