魔王様、元の場所へお戻りください

宿屋《月欠け亭》の客室係トゥバルドは、冒険者が散らかす物に驚かない。

血塗れの剣、孵化しかけの卵、呪われた義手。どれも札を確認し、持ち主の荷へ戻す。朝までに部屋を空へ戻すのが彼の仕事だった。

技能も、そのためだけにある。

【片付け:使用を終えた物を、指定された本来の保管場所へ戻す。】

ある晩、勇者一行が最上階の特別室で禁断の召喚書を開いた。

呼び出す予定だったのは、魔王城の地図を知る下級悪魔だったらしい。ところが円から現れたのは、角が天井を突き破るほど巨大な魔王本人だった。

「我を呼びつけた代償に、この町を焼く」

勇者の聖剣は片手で折られ、魔術師は壁まで吹き飛ぶ。魔王の足元から黒炎が広がり、宿の廊下を舐め始めた。

客が逃げ惑う中、トゥバルドは清掃用台車を押して部屋へ入った。

「申し訳ありません。こちら、どなたのお持ち物でしょうか」

「見て分からぬか。我は物ではない。世界の支配者だ」

勇者が床から顔を上げる。

「俺たちが……召喚した」

「ご使用はお済みですか」

「済んだ! 二度と見たくない!」

トゥバルドは召喚書の貸出札を確かめた。召喚された存在の保管場所は、術式上《呼び出し前に存在した座標》と指定されている。

つまり魔王の本来の保管場所は、魔王城だ。

彼は魔王の足首へ返却札を貼った。

黒炎が止まる。

「待て。何をした」

「お客様のお荷物を、元の場所へ戻します」

技能が発動すると、魔王の巨体が不自然なほど整然と折り畳まれた。翼、角、黒炎、威圧感の順に召喚円へ収納されていく。

魔王は床へ爪を立てたが、使用済みの召喚物という分類から逃れられない。

「勇者よ! これは戦いではないぞ!」

「片付けですので」

最後に王冠だけが床へ残る。トゥバルドがそれを円へ放り込むと、遠く離れた魔王城の方角から、何かが玉座へ激突する轟音が響いた。

宿は半壊したが、町は無傷だった。

勇者は折れた聖剣を差し出し、おそるおそる尋ねる。

「これも……直せるか?」

「修理は別料金です。まず破片を全部お持ちください」

清掃用台車の返却札が金色に変わり、客室係の文字を一段上の棚へ移した。

【職業「宿屋客室係」が上位職「次元整頓士」へ書き換えられました】