黒手袋の治癒記録

王子の呪いが解けた朝、宮廷医ザバル・レオンは、謁見の間で黒い治癒手袋を掲げた。

「古代呪式を逆流させたのは私です。助手のオルカ・ミディアは、道具を渡しただけでした」

王子の寝台脇で三時間、呪いの流れを一本ずつほどいたオルカは、薬箱の横に立っていた。ザバルは治療が終わってから現れ、診療録の術者名を自分へ書き換えた。

王妃が尋ねる。

「同じ術を、もう一度示せますか」

「当然です」

ザバルは黒手袋をはめた。王家の治療具は、誤診を防ぐため、直前の治癒経路を再現できる。彼はそれを自分の腕前の証明に使うつもりだった。

「記録再生」

自信満々に命じる。

手袋の指先から青い糸が伸び、空中に王子の身体をかたどった。糸は呪いの結び目へ入り、ほどき、逃がし、最後に心臓を避けて閉じる。そのすべての動きに、術者の名が浮かぶ。

――オルカ・ミディア。

一度ではない。百二十七本の治癒糸すべてが、同じ名を示した。

ザバルは手袋を外そうとしたが、再生は終わらない。

治療後の音声記録が続いた。

『診療録を出せ』

ザバルの声。

『術者欄にはオルカの名があります』

『消せ。王子を救った名誉を、無位の助手に与えて何になる』

『治療へ一度も立ち会っていないのに?』

『だから手袋を私が保管する。証拠は私の手の中だ』

今、その証拠は本当に彼の手の中にあった。彼自身が再生を命じ、自分の声まで皆へ聞かせた。

ザバルは王妃へ向き直る。

「結果を管理するのが上位医師の責務です。助手の施術も、私の功績として――」

王子が初めて口を開いた。

「命を救った手の名を、私は忘れない」

オルカは深く礼をした。それ以上は何も言わなかった。

黒手袋はザバルの手から滑り落ち、床を転がってオルカの靴先で止まった。彼女が拾うと、百二十七本の青い糸が一瞬だけ咲き、王子の脈と同じ穏やかな光を刻む。医官たちは、その手をもう助手のものとして見ていなかった。

侍医長が黒い縁取りの通知を広げる。

「ザバル・レオン。治療功績の詐称と診療録改竄により、王宮医局から永久追放とする」