『匿名窓口の受信者』

帆足碧の採用面接には、前職から届いた一通の照会回答が置かれていた。

――社外の匿名窓口へ工場内の写真を流出させ、混乱を招いたため退職。

「事実ですか」

面接官の藤代章子が尋ねると、帆足は否定しなかった。

「写真を送りました。防火扉の前に薬品箱が積まれ、避難路が塞がれていたからです」

「社内で報告せずに?」

「三度報告しました。でも記録が残っていません」

同席した役員は首を振った。安全を理由にしても、機密写真を外へ送る人間は採れないという。

藤代は、帆足が使った匿名窓口のアドレスを読み上げた。

「safe-line-47。送信先が誰か知っていましたか」

「いいえ。業界団体の通報先だと思っていました」

「返信は?」

「『受領しました』の一行だけです」

藤代だけが、その受信箱の持ち主を知っていた。業界団体から事故調査を委託され、身分を伏せて通報を受けていたのが彼女だったからだ。帆足のメールには、外部へ公開しないでほしい、まず会社へ改善を求めてほしいと繰り返し書かれていた。

藤代はメールのヘッダーを表示した。帆足が匿名窓口へ送る三日前、同じ写真を前職の安全管理室へ送っている。CCには工場長と人事部。配信記録も開封記録も残っていた。

「報告は届いています」

「でも、私の送信済みから消えていました」

「安全管理室の共有メールボックスで、工場長が件名を変更し、私用相談フォルダへ移しました。その操作履歴もあります」

さらに会議室予約を見ると、通報翌日に工場長と人事部だけで「帆足対応」という会議が開かれていた。照会回答にある「突然の外部流出」は嘘だった。

役員が藤代を見る。

「なぜ今まで、受信者だと明かさなかったんです」

「通報者を守る契約でした。採用の場で本人が不利益を受けるなら、守る対象には事実も含まれます」

帆足は初めて顔を上げた。

藤代は不採用予定の付箋を剥がし、採用欄へ移した。

「規則を破った人ではありません。規則が働くまで、記録を残し続けた人です」