『面談のなかった四月三日』
青葉医療機器の復職面談で、櫛田菜月は〈改善指導対象〉と書かれた紙を渡された。
半年の療養休職から戻った初日だった。評価はD。理由欄には〈四月三日の中間面談で助言したが、本人に改善意思なし〉とあり、上司の志摩亮介の署名もある。
「四月三日、私は入院中です」
志摩は落ち着いて答えた。「オンラインで話した。休職中でも連絡は取れる」
人事担当が社内カレンダーを開く。四月三日十時、確かに〈櫛田・中間面談〉という予定があり、会議室〈若葉〉も予約されていた。志摩はそれを指し、「記録がある」と言った。
菜月は予定の詳細を開いてもらった。作成日は先週金曜。四月三日まで遡って登録された後付けの予定だった。会議室予約も同じ時刻に作られている。
「古い予定を移行しただけだ」
人事担当が四月三日の入退館記録を確認する。志摩は終日、地方工場へ出張。オンライン会議の接続履歴にも、社用電話の発着信にも、菜月との通信は一件もない。人事の休職管理記録には、当日は電子機器を使えない処置のため連絡不可と事前登録されていた。その通知メールのCCには志摩も入っている。
志摩は「日付を取り違えた」と言い直した。
しかし評価シートの版履歴では、休職開始時の総合点はA。先週金曜の十八時四十一分、復職者を一人減らすよう経営会議で求められた十二分後に、志摩がAをDへ変更していた。〈四月三日の面談〉という講評も、その場で初めて入力されている。
後付けの予定には、招待メールを送らない設定が使われていた。参加者欄に菜月の名はあるのに、受信履歴はゼロ。志摩だけが予定を作成し、承諾済みへ手動変更している。面談の証明に見えた緑色のチェックは、本人の返事ではなく、評価者が自分で付けた印だった。
菜月は紙を机へ戻した。「改善すべきなのは、存在しない面談を欠席した私でしょうか」
志摩の署名の下で、回答欄だけが白く見えた。
人事担当は改善指導を取り消し、原評価Aを復元した。復職後の配属も、降格予定から元の主任職へ戻す。続いて志摩の評価者権限を停止した。
四月三日の面談は最後まで存在しなかった。だが、その日に語ったとされた嘘は、復職初日の面談で確かに記録された。