ご自由にの行方

「ごちそうさまでした」

カルラがそう言ったとき、瀬尾七海はまだ自分の昼食が国際交流に使われたとは知らなかった。

語学スクールの共有冷蔵庫から弁当が消え、代わりに空の箱がきれいに洗われて、乾燥棚に伏せてある。悪意のある犯人なら、ここまで几帳面にはしない。

このスクールの冷蔵庫には、名前も日付も三つの言語で書かれている。誰かのヨーグルトを別の誰かが発音練習の教材にしたことさえあるが、弁当一箱が消えたのは初めてだった。

昼前にキッチンを使ったのは、スペイン語講師のカルラ、事務の岩倉、受講生の宮前。岩倉はコーヒーを淹れ、宮前は水筒に水を足した。カルラは「少しだけ食べました」と正直に言ったが、なぜ食べてよいと思ったのかを、うまく説明できずにいる。

冷蔵庫を見ると、共同の漬物容器に貼ってあった「ご自由に」の札がない。七海の弁当を包んでいた布には、四角い粘着跡。流しには、カルラが使う銀色のフォークが洗って置かれていた。

札が布に貼り付き、弁当ごと「ご自由に」になったのだ。

しかもカルラは、自分だけで食べるのは失礼だと思い、廊下にいた二人を呼んだ。唐揚げを一つずつ分け、七海の小さな梅干しまで公平に三等分したという。誤解は、妙に礼儀正しく進行していた。

カルラは青ざめた。

「全部を自由にしていい、という意味だと思いました。日本では、箱ごと共有する日があるのかと」

「どのくらい食べました?」

「みんなにも勧めました」

岩倉と宮前が気まずそうに手を挙げた。七海の唐揚げは、国際交流の名のもとに三人で完食されていた。

怒るべきなのに、七海は笑いがこみ上げた。札を貼ったのは自分だ。漬物の蓋が曇って見えにくいから、朝、冷蔵庫の扉へ一時的に貼った。その真下へ弁当を置いたのも自分だった。誰か一人だけを犯人にするには、自分の手順も十分あやしかった。

カルラは大きな紙袋を差し出した。

「お詫びに、近くの店でトルティージャを買いました。これは自由ではなく、七海だけのものです」

袋には日本語、英語、スペイン語で同じ文が三回書かれている。

七海は一切れ取り、残りを中央へ押した。

「今度は、私が自由にします」

「本当に?」

「札を貼ります。剥がれないように」

温かいじゃがいもの味がした。岩倉が新しい札を作り、宮前が透明テープを持ってくる。

その日の冷蔵庫には、三言語で〈漬物だけ、ご自由に〉と貼られた。