ふたつの匿名
匿名のラブレターを入れるには、白い封筒がいちばん目立たないと思った。
放課後、誰もいない昇降口で、僕は彼女の下駄箱へ封筒を差し込んだ。
名前は書かなかった。『明日の朝、七時半にここで待っています』とだけ書いた。
翌朝、七時二十分に着くと、彼女の下駄箱の前に白い封筒が落ちていた。
僕の名字が書いてある。
中には、見覚えのない丸い字でこうあった。
『明日の朝、七時半にここで待っています。名前はそのとき言います』
日付は昨日。待ち合わせは、つまり今朝だった。
同じ時刻、同じ場所、同じ白い封筒。
誰かが僕を好きで、僕は別の彼女が好きだという、最悪にややこしい状況を想像した。
七時二十九分。昇降口の柱の向こうから、彼女が現れた。
僕は自分の封筒を手に持ち、彼女も白い封筒を持っている。
二人とも立ち止まった。
「それ、どこにあった?」
同時に聞いた。
僕は彼女の下駄箱を指し、彼女は僕の下駄箱を指した。
沈黙のあと、彼女が自分の封筒を開いた。僕も自分宛ての手紙を見せた。
文章は似ているが、字は違う。
「匿名にする意味、なかったね」
彼女が言った。
「僕もそう思う」
「名前、書けばよかった」
「僕も」
僕らは互いの手紙を交換して、その場で読んだ。
僕の手紙には、図書室でいつも同じ席になること、彼女が笑うと鉛筆を落とす癖があることを書いた。
彼女の手紙には、僕が掃除のとき誰も見ていない窓まで拭くこと、苦手な牛乳を毎日残さず飲むことが書かれていた。
恥ずかしくて、二人とも途中で顔を上げた。
「返事は?」
また同時だった。
「先にどうぞ」
それも同時。
笑い声が朝の昇降口へ響いた。匿名で格好よく始める計画は、完全に失敗した。
結局、返事は一緒に言った。
「よろしくお願いします」
何をよろしくするのか曖昧だったが、二人には十分だった。
教室へ向かう前、彼女は二通の封筒を重ねた。
「これ、どっちが先に入れたんだろう」
「僕は放課後」
「私も」
もしかすると、昨日の昇降口で少し時間がずれていただけで、僕らは同じことをしていた。
その近さに気づかなかったのが、いちばん匿名らしかった。