まかないは二人前

一人で来店した客の影には、別の料理を一品出す。

影は持ち主から離れて空席へ座り、メニューを指して注文する。人間と同じ料理は選べない。影の皿を先に下げることは禁止で、閉店まで残った場合は調理人が食べきる。代金は持ち主の会計へ自動で加算される。

折笠雄平は、深夜食堂「錨」で十一年、鍋を振っていた。

客より影の好みをよく覚えていた。酔った会社員は塩ラーメンを頼むが、影は甘い卵焼き。無口な学生はカレー、影は湯豆腐。失恋した客ほど辛い物を選び、影は白いご飯だけを注文した。雄平は理由を尋ねず、人間の皿と同じ順番で作った。

店が忙しくても、雄平自身の影は厨房から出なかった。床の油染みと重なり、まるで仕事の一部だった。店を始めた恋人が三年前に去った夜も、影は足元にいた。彼女は「店と暮らしている人とは暮らせない」と言い、合鍵をレジ横へ置いた。雄平は翌日も開店した。

十一月の雨の夜、客が途切れた午前一時、雄平の影が厨房を離れた。

カウンターの端、かつて彼女が帳簿をつけていた席へ座る。影が指したのは、メニューにない半熟目玉焼きだった。彼女の夜食で、黄身を四角く囲むように白身を焼く。失敗すると笑われた料理だ。

従業員の影も客として扱う。店主は驚かず、「注文入ったよ」と伝票を挟んだ。雄平は小さなフライパンを温めた。油の音を聞き、白身の端を四回折り、胡椒を一粒だけ落とす。手が覚えていた。

皿を出しても影は食べない。影には口がないので、料理は少しずつ色を失うことで減る。だが目玉焼きは黄色いまま冷えていった。

二時の閉店ベルが鳴った。残った影の皿は調理人が食べきる。雄平はカウンターへ回り、影の向かいに座った。三年間、客席で食事をしたことがなかった。

箸を入れると、四角い黄身の中から小さな合鍵が出てきた。レジ横からなくなっていた鍵だった。規則では異物の入った料理を作り直す。しかし影は皿を押さえ、初めて首を横に振った。

雄平は鍵を端へよけ、目玉焼きを半分食べた。残り半分の色がゆっくり消え、影の皿だけが空になった。

翌朝、影は厨房へ戻っていた。カウンターには洗った皿が二枚重なっている。上の皿には、黒い塩の粒で四角い黄身の形が描かれ、その中央に錆びた合鍵が立っていた。