アイドルの夜の相手

芸能事務所の新人マネージャー矢颪遼は、楽屋の外で人気アイドル咲丘乃々瀬の声を聞いた。

「毎晩、部屋で彼と二人きり」

スタイリストが笑う。

「事務所には絶対言えないね」

「朝になると、身体に跡が残るの」

「激しいから」

「でも、彼がいない生活には戻れない」

遼は持っていた台本を落とした。

恋愛禁止ではないが、次のツアーを前に秘密の同棲が発覚すれば大騒ぎになる。

彼は先輩マネージャーへ相談した。

「相手の名前は?」

「まだ」

「部屋へ毎晩」

「身体に跡が」

「撮られたら終わるな」

「別れさせますか」

「まず写真を押さえる」

「週刊誌と同じ仕事になってません?」

二人は乃々瀬へ遠回しに尋ねた。

「最近、睡眠は?」

「彼と会った日はよく眠れる」

「会わない日は?」

「落ち着かなくて」

「身体の傷は?」

「見えない場所だから平気」

遼は額を押さえた。

「平気ではありません」

乃々瀬は首をかしげる。

「何が?」

翌晩、二人は乃々瀬のマンション前で張り込んだ。

「男が入ったら連絡を」

「本人に尾行がばれたら?」

「健康管理の一環と言う」

「尾行で健康になる人はいません」

午前零時。乃々瀬が大きな黒い袋を抱えて帰宅した。袋の中で何かが揺れる。

「人を運んでる?」

「細長すぎる」

「遺体?」

「恋愛疑惑から事件へ飛ばすな」

二人が部屋へ踏み込むと、乃々瀬は黒い人影へ何度も拳を打ち込んでいた。

遼が叫ぶ。

「彼を離してください!」

乃々瀬が振り返る。

「ケンのこと?」

黒い人影は、等身大のサンドバッグだった。胸に〈KEN〉と商品名がある。

次の映画でボクサー役を演じるため、事務所に秘密で特訓していたという。

「身体の跡は?」

「グローブと腹筋ローラー」

「激しい夜は?」

「三分十二ラウンド」

「彼なしでは戻れない?」

「体脂肪率が」

先輩マネージャーはサンドバッグを見た。

「確かに、事務所へ言えば止められる」

「けがが怖いからね」と乃々瀬。

遼は胸をなで下ろした。

彼氏はいなかったが、ケンには毎晩殴られる役があった。