アンコール禁止
失踪した歌い手は、アンコールのたびに若返った。
塔野まどかが管理する復刻ライブでは、甘露ユイの合成アバターが十年前の姿で歌っていた。本人は全身スキャンの直後に行方不明。会社は「本人の希望で休養中」と発表し、そのまま声と姿だけで公演を続けた。
今回の一曲には、本人が残した警告が埋め込まれていた。
「もう呼ばないで」
イントロでは、過去ライブの歓声が逆再生された。Aメロのユイは二十八歳の顔だった。客席が最初のアンコールを叫ぶと、システムが新しい演算を始め、二十七歳のモデルへ切り替わる。二度目で二十六歳。肌は滑らかになり、声は高くなる。
「もう呼ばないで」
観客は演出だと思い、さらに名を呼んだ。まどかだけは管理画面の警告を見ていた。モデルを若返らせるたび、学習データは新しい順に捨てられている。最後の取材、最後の拒絶、最後の助けを求める声から消えていく。
サビでユイは十代の姿になった。笑顔は完璧なのに、歌の合間にだけ苦しそうな息が混じる。スキャン室で会社役員と争う音声だった。
〈契約は終わりにする〉
〈君がいなくても、みんなが呼べば戻せる〉
アンコールが続けば、彼女はデビュー前まで巻き戻され、権利を主張した成人の記録も消える。会社は永遠に従順な少女だけを残すつもりだった。
まどかは客席マイクを切った。役員が怒鳴る。観客は理由が分からず、手拍子で名を呼び続ける。システムは音圧を拾い、ユイをさらに幼くする。
最後の手段として、まどかは自分のマイクを開いた。
「アンコールをやめてください!」
会場が静まる。
最後の一音で、アバターは現在の年齢へ一瞬だけ戻った。疲れた顔で笑い、所在を示す暗号化された連絡先と、代理人の声明を画面へ残す。ユイは生きていた。会社の手が届かない場所から、自分を若返らせる公演を終わらせようとしていた。
暗転前、三度目の声が響く。
「もう呼ばないで」
寂しい歌い手が忘却を望んだ言葉ではない。歓声を口実に何度でも複製される自分を、愛の名で召喚しないでほしいという拒絶だった。