ガッツポーズの練習

犬飼瑛太は、喜び方が足りないという理由で契約を切られた。

プロ野球では、選手の「競技情熱点」が人気と年俸を左右する。三振を取った瞬間の興奮、勝利後の高揚、観客への愛着。瑛太は防御率こそリーグ二位だったが、情熱は三十五点だった。

昔から、嬉しいときほど静かになる性格だった。満塁を抑えても帽子のつばに触れるだけ。サヨナラ勝ちの輪にも、少し遅れて入った。

球団の感情コーチは、鏡の前でガッツポーズを教えた。

「拳を高く。歯を見せる。声は腹から」

瑛太は練習した。三振のたびに吠え、ベンチで胸を叩いた。情熱は七十を超え、動画の再生数も伸びた。

その代わり、投球が乱れた。喜ぶ準備をすると次の打者への集中が切れた。感情を大きくするうち、自分が本当に嬉しいのかも分からなくなった。

小学四年の娘・結月が試合後に言った。

「お父さん、怒ってるみたいだった」

「喜んでたんだよ」

「前は、帽子を触ったら嬉しいって分かったのに」

最終登板は、翌年の契約がかかった試合だった。九回二死満塁。瑛太は最後の打者を三球で三振に取った。

球場が揺れた。情熱点を稼ぐなら、ここで吠えるべきだった。

瑛太は帽子のつばに触れた。

次に、捕手へ小さくうなずいた。喜び二十六。大型画面には〈観客共鳴不足〉と出たが、娘だけは立ち上がって両手を振った。

球団は契約を更新しなかった。解説者は「勝利への執念が見えない」と評し、最後の三振より低い感情点を繰り返し映した。瑛太は映像を消し、娘と初めて平日の夕食を食べた。結月は何も慰めず、帽子のつばに一度触れた。

翌春、瑛太は少年野球のコーチになった。ホームランを打っても笑えない子、負けても泣けない子が集まった。保護者は「もっと気持ちを出して」と言ったが、瑛太は結果の前後に何を考えたかだけを聞いた。

数年後、教え子の一人が全国大会で優勝した。少年はマウンドで帽子のつばに触れた。

観客には何の意味もない仕草だった。

瑛太には、百点の喜びに見えた。