ガラスケースの内側
瑠海が段ボールを組み立てている間、母はガラスケースから紗雪のトロフィーを取り出していた。
水泳、書道、英語スピーチ。台座には妹の名前が並ぶ。
「これは全部、紗雪の新居に送るから」
母が言う。
「瑠海は賞状を捨てたんでしょう。昔から物に執着しない子で助かるわ」
瑠海はテープを切った。
本当は捨てていない。中学の絵画展でもらった賞状を、母が「紗雪の全国大会の横では霞む」と丸めたので、自分で持ち出しただけだ。
紗雪はトロフィーを一本持ったまま、動かなかった。
「送らなくていい」
「遠慮しないの。あなたは家族の自慢なんだから」
「置く場所がない」
「瑠海の部屋より広いでしょう?」
比較は、会話に開いた小さな落とし穴だった。どちらが避けても、もう一人が落ちる。
瑠海は箱の底を組み直した。
「私の部屋は関係ないよ」
母は「かばわなくていい」と言い、紗雪の肩をなでた。
「この子は結果を出してきたんだから」
紗雪が肩を引いた。
「それ、もうやめて」
「何を?」
「私を盾にして瑠海を下げるのも、瑠海を見せて私を走らせるのも」
母の手が宙に残る。
ガラスケースの奥には、空いた丸い跡がいくつもあった。そこだけ埃がなく、過去の順位表のように見えた。
「姉妹で競ったから成長できたのよ」
母は静かに言った。
紗雪はトロフィーを箱へ入れず、床に置いた。
「私は瑠海に勝ちたかったんじゃない。負けたら愛されなくなると思ってただけ」
瑠海は返す言葉を探したが、紗雪を慰めるのも違う気がした。
代わりに、箱の側面へ太いペンで「本人確認」と書く。
「持ち主に一個ずつ聞こう。返事がない物は保留」
「そんな面倒な」
「面倒でも、勝手に人生を発送しない」
瑠海は自分の古い工作を一つ見つけた。紙粘土の小さな灯台。賞は取っていない。持ち帰る箱へ入れる。
紗雪はトロフィーを一本も選ばず、スピーチ原稿だけを折らずに封筒へ収めた。
母は納得せず、「後で後悔する」と繰り返した。
瑠海はガラスケースの戸を閉めた。
中には金色の杯が残り、灯台のあった隅だけが空いている。
鍵を母へ渡す前に、紗雪がケースの照明を消した。
金色は暗がりの中で、ただの形になった。