キャベツ一玉ぶんの円卓
高代千紘は、玄関前に置かれた巨大なキャベツを見て立ち尽くした。
紙には〈畑の手伝いでもらいました。食べきれないので半分どうぞ 隣の芙美〉とある。
半分にしようにも、自宅の包丁では芯に歯が立たない。千紘はキャベツを抱え、隣の戸を叩いた。
芙美も一人暮らしで、同じキャベツを前に困っていた。
「お好み焼きなら、かなり減ります」
「一緒に作ります?」
二人は廊下の突き当たりにある共用キッチンへ移動した。
千紘は転職を機にこの町へ来たばかりだった。会社では新しい名字と顔を覚えるだけで精一杯で、帰宅後に誰かと話す余力がない。芙美は長く同じ部屋に住んでいるが、人付き合いが得意ではなく、隣人と料理をするのは初めてだという。
「私もです」
「それは少し安心します」
キャベツを山ほど刻み、小麦粉、卵、出汁と混ぜる。豚肉を載せ、鉄板代わりの大きなホットプレートへ落とした。
問題は裏返すときだった。
「一気に」
「怖いです」
「私も」
二人でフライ返しを差し込み、声を合わせた。形は少し崩れたが、床には落ちなかった。
ソースを塗り、鰹節をかける。熱で薄い花びらのように揺れ、甘いソースと焼けた豚肉の匂いが共用廊下まで流れた。
その匂いに誘われ、向かいの部屋の老婦人と、二階の青年が顔を出した。
「もう一枚焼けますよ」
芙美が言うと、千紘は驚いたが、キャベツはまだ半玉以上残っていた。
四人で二枚目を囲んだ。今度は青年が返し、老婦人が青海苔を振った。名前しか知らなかった住人たちの、出身地や仕事や苦手な食べ物が、鉄板の上で少しずつ明らかになる。
「この建物、こんなに人がいたんですね」
千紘が呟く。
「普段は壁の向こうですから」
芙美が笑った。
最後の一枚は小さく焼き、四等分した。千紘の皿には、焦げた端が載った。かりっと香ばしく、中のキャベツは蒸されて甘い。
夜が更けて部屋へ戻っても、髪にはソースの匂いが残っていた。廊下の向こうで「おやすみなさい」が三つ聞こえ、千紘は自分の部屋へ、初めて帰ってきたような気がした。