ゲームオーバー後の拍手

朝比奈汐里は、社内ゲーム大会でわざと負けるつもりだった。

総務部の親睦企画で、四人対戦のレースゲームをする。汐里は毎週、そのゲームを〈シオリンLIVE〉の名で配信していた。全国大会に出るほどではないが、初心者に混じれば隠しようがない。

「朝比奈さん、ゲームしなさそう」

同僚の言葉に、汐里は曖昧に笑った。

「昔、少しだけ」

一回戦。アクセルを緩め、わざと壁にぶつかる。最下位になれば終われるはずだった。

ところが、貸し出された本体へコントローラーを接続した瞬間、クラウドのプロフィールが読み込まれた。

画面上に大きく表示される。

〈SHIORIN_LIVE プレイ時間 1864時間〉

会議室がざわめいた。

「千八百時間?」

「LIVEって、配信?」

汐里の指が止まった。キャラクターはスタート地点で空回りする。

向かいの席にいたシステム部の藤堂が、突然拍手した。

「やっぱり本人だ」

皆の視線が彼へ移る。

「去年、右手を骨折したとき、片手操作の練習配信を見ました。朝比奈さんが考えたボタン配置、あれでまた遊べるようになったんです」

藤堂は左手用に組み替えたコントローラーを掲げた。汐里は、その回を覚えていた。視聴者から相談され、一晩かけて配置を試した。

「黙ってて、すみません」

「謝る相手、僕じゃないでしょう」

藤堂は笑った。

「ただ、手を抜かれるのは嫌です。本気で負けたいので」

開始の合図が鳴り直した。

汐里はアクセルを最後まで押した。隠しルートを抜け、ぎりぎりで障害物をかわす。歓声が上がる。最終周、藤堂の仕掛けた罠にかかり、汐里は二位でゴールした。

一瞬の静寂のあと、会議室に拍手が広がった。

勝った藤堂ではなく、正体が分かった汐里にだけ向けられた拍手でもない。手加減せず遊んだ四人全員への拍手だった。

表彰写真を撮るとき、総務担当が表示名を確認した。

「朝比奈さん、本名に戻します?」

汐里は画面の〈SHIORIN_LIVE〉を見た。

「このままでお願いします」

翌週、社内チャットの趣味チャンネルに、汐里は大会の写真を投稿した。

〈配信で使っている片手操作の設定、必要な方には共有します〉

送信すると、藤堂が最初の拍手スタンプを置いた。