チョークの矢印

 霜島悠真は、小学校の前で文具店を営んでいる。

 放課後になると、子どもたちが消しゴムや折り紙を買いに来る。ある水曜、いつもより大勢が店へ駆け込み、白いチョークを十箱ほしいと言った。

「何を描くんだ」

「タルトを探す地図」

 タルトは近所の美容室で飼われている小さな巻き毛の犬だ。玄関の客を追って外へ出て、そのまま見失ったという。

 子どもたちは町を区画に分け、探した道へ矢印を描こうとしていた。

「道路へ勝手に描くのは駄目だ」

 悠真が言うと、皆の肩が落ちた。

「でも、店でもらった段ボールなら使える」

 悠真は荷ほどきした箱を切り、矢印の札を作った。

 子どもたちは〈見ました〉〈まだ〉〈静かに探す〉と書き、植木鉢や店先に許可を得て置いた。八百屋、書店、接骨院。札を見た大人たちも捜索へ加わる。

 タルトは美容室の石鹸の香りが強く、白い毛の耳だけ薄く桃色だ。

 夕方、矢印は公園へ集まった。

 滑り台の下にも、砂場の道具入れにもいない。だが、公園の外にある古い掲示板へ、桃色の細い毛がついていた。

 その先は、廃校になった分校の庭へ続いている。

 門は閉まっていたが、用務員が鍵を持ってきてくれた。

 校庭の隅に、昔の朝礼台が残っていた。

 下から、小さなくしゃみが聞こえる。

 タルトは日陰へ入り込み、暗くなって出る方向が分からなくなっていた。美容室の店主が伏せて名を呼ぶと、巻き毛の顔がゆっくり現れた。

 子どもたちは駆け寄りかけ、悠真の「静かに」の合図で一斉に止まった。その揃い方がおかしく、店主は泣きながら笑った。

 文具店へ戻ると、悠真は売り物にならない短いチョークを配った。

 店の黒板へ、今日の捜索地図を皆で描く。公園、分校、美容室、タルトの足跡。矢印は最後に大きな家の形へ集まった。

 美容室の店主は温かいココアを差し入れ、紙コップから甘い湯気が立つ。

 翌日、黒板の地図は消さず、〈町のおすすめ〉を書き足すことになった。

 子どもは秘密のどんぐり道を、大人は夕日がきれいな坂を描いた。

 タルトは新しいハーネスで美容室の入口に座り、通る子ども一人ずつへ尾を振る。

 悠真が黒板の粉を払うと、指先に白い跡が残った。

 店内には紙と木の匂い、外からは美容室の石鹸、机の上には冷めかけたココアの甘さ。消せる線で描いた地図なのに、町の人が互いを覚えた道だけは、しばらく消えそうになかった。