バグは靴下の中にいる
伊折晃臣は、ゲーム会社で不具合を直している。
壁を抜ける主人公、増殖する宝箱、突然空を飛ぶ鍋。報告書を読み、原因を探し、同じ現象を再現する。
家に帰ると、今度はフェレットのバグが、生活の不具合を増やした。
バグは靴下を一枚ずつ盗む。
洗濯籠から抜き、ソファの裏や本棚の下へ隠す。晃臣が「返せ」と言うと、頭の中へ軽い声が届く。
『仕様です』
「左右そろわない」
『遊び方に幅が出ます』
「修正対象」
『再現率百パーセント。重大度は低』
妙に仕事用語が正確なのが腹立たしい。
締切前の一週間、晃臣は家でもノートパソコンを開き続けた。
バグが足元へ玩具を運んでも無視し、餌と水だけ替える。
『入力を受け付けません』
「あとで」
『その「あとで」は未実装』
「うるさい」
バグはしばらく黙った。
午前一時、晃臣のマウスが消えた。
机の上にも鞄にもない。床を這って探すと、ソファ裏の奥に、バグの秘密基地があった。
靴下十二枚、ボールペン三本、古い映画の半券、そしてワイヤレスマウス。
半券を見て、晃臣は手を止めた。
去年、友人に誘われて行った映画だった。楽しかったはずなのに、それ以来、休日らしい休日を取っていない。
『隠しアイテム発見』
肩の近くで声がした。
「全部お前が隠したんだろ」
『見つけたのはお前』
「マウスを返して」
『入浴イベントを先に推奨』
「選択肢が強制だな」
『自由度は高すぎても疲れる』
晃臣は笑い、パソコンを閉じた。
湯船へ湯を張り、久しぶりに肩まで浸かる。脱衣所ではバグがタオル籠へ潜り、鼻だけ出して待っていた。
風呂上がり、集めた靴下を洗濯機へ入れる。温まった部屋へ洗剤の柔らかな香りが広がった。
翌日、晃臣はチームへ「今夜はここまで」と宣言した。誰も困らず、むしろ同僚から休めと言われた。
帰宅すると、バグが新品の靴下をくわえて走る。
「それは返せ」
『新規クエスト開始』
追いかけるうち、晃臣は声を上げて笑っていた。
捕まえたフェレットを胸へ抱くと、細長い体は驚くほど温かい。
バグは鼻先を晃臣の顎へつけた。
『修正完了?』
「継続監視」
部屋には湯上がりの石鹸と乾いた布の匂いが残り、未完成の夜が、ちょうどよく続いていた。