レイド終了後に脈拍なし
最終ボスの体力は三パーセント。神庭虎伯の視界には〈強制再接続権・残り一〉と表示されていた。
前衛の白銀咲哉が、現実の手首につけた狐のチャームを画面内でも揺らす。
「今抜けたら全滅だ」
ボスが倒れると同時に咲哉の神経接続器が暴走し、現実の心臓が止まる。虎伯は六回、討伐三分前へ戻った。
一度目は回復を止めた。別の仲間が倒し切った。二度目は咲哉をゲーム内で拘束したが、解除スキルを使われた。現実のルーターを抜くと、安全装置が予備回線へつないだ。咲哉は八年間育てたギルドを守るため、必ず戻ってきた。
成功条件は討伐時刻より前に、咲哉のアバターをログアウトさせること。最後の再接続を使えば、もう失敗できない。
同じ台詞が来た。
「今抜けたら全滅だ」
「全滅させる」
虎伯はギルドマスター権限で、運営から預かった旧式のサーバー鍵を実行した。対象はボスではない。八年間のギルド領地、倉庫、戦績、仲間二百人の共有空間そのものだった。
警告が三度出る。虎伯は三度とも〈完全削除〉を選んだ。
空が白く裂け、城も仲間も消えた。インスタンスが存在しなくなり、全員が強制ログアウトする。現実へ戻ると、咲哉の脈拍は百四十二で下がっていた。
「何をした」
「帰る場所を消した」
咲哉は殴らなかった。ただ狐のチャームを外し、虎伯の机へ置いて帰った。
翌日、運営は損害賠償を通知し、虎伯の全アカウントを永久停止した。仲間一覧は空白。八年分の冒険は、誰の画面にも残らない。
削除された城には、亡くなった仲間の追悼碑もあった。掲示板には虎伯への罵倒が並び、現実の住所まで晒された。事情を話せば咲哉の欠陥端子を公表することになり、彼は競技資格を失う。虎伯は黙ったまま賠償契約へ署名した。咲哉を守ったと名乗る権利まで、削除した城の一部だと考えた。空白のログには、最後の操作をした管理者名だけが残らなかった。
現実の病院で咲哉は狐の跡が白く残った手首を隠した。虎伯は面会を申し込まず、受付で生存だけを確認して帰った。
狐の小さな鈴だけが、ログインできない端末の横で一度鳴った。