一万円ではない予約金
空飛ぶタクシーを開発する「エアリンクス」の資金調達会議で、葛城野冬馬は決済代行会社の若手担当として予約金の実在確認を求められた。会社は一万二千人から一人一万円、合計一億二千万円の予約金を集めたという。
契約書には「有償予約12,000件」。投資家は四十五億円の出資を決める直前だった。
冬馬は決済明細を投影した。取引件数は確かに一万二千件。しかし金額欄は「1.00」。通貨単位は円で、一件一円だった。カードが有効か確かめる認証決済にすぎない。
最高財務責任者は、小数点以下を省略した表示で、実際は一万円だと言った。
冬馬は決済会社の原本を拡大した。金額の右には「JPY」とあり、手数料合計も百二十円。一万円決済なら手数料だけで数百万円になる。入金総額は一万二千円だった。
さらに予約者のうち九千人は、広告キャンペーンで「カード登録だけで無料」と案内されていた。利用規約に予約金の文言はない。残る三千件は、社員が社内テスト用カードで生成している。
創業者は、予約意向があることに変わりはないと主張した。
「飛行許可が下りれば、全員が本決済へ進む」
冬馬は許可申請の受付番号を確認した。資料に記載された番号は、別会社の農薬散布ドローン申請だった。エアリンクス自身の申請はまだ提出されていない。
決済会社の上司は、顧客情報を出しすぎるなと冬馬を制した。冬馬は個人情報を伏せ、合計金額と署名済み集計だけを残した。
「予約者が一万二千人いても、予約金は一万二千円です」
一円の認証取引は、すべて決済直後に自動取消されていた。月末残高はゼロで、予約者へ領収書も発行されていない。冬馬は取引種別コード「AUTH」を指した。売上なら「SALE」でなければならず、二つの英字が一億二千万円を一万二千円以下へ戻した。
投資家代表は一億二千万円の売上見込みへ赤線を引いた。一円の認証決済が、四十五億円の離陸を止めた。