一人で写る台紙
凪沙の父から電話があったのは、町の写真館が閉店を発表した日だった。
「家族写真の残り券、今月までだ。最後に一枚撮らないか」
十年前、その写真館で撮った台紙には、父と母と高校生の凪沙が並んでいる。凪沙だけ肩に力が入り、笑顔が遅れていた。残り券は「四名まで撮影可」。父は、三人では余白が気になるから、何か大きな花でも持とうかと笑った。
写真館のサイトには二つのプランがあった。家族写真の追加撮影と、一人用のポートレート。後者は残り券が使えず、全額自費になる。
二十九歳を目前にして、一人で写真館へ行く理由を凪沙は持っていなかった。卒業でも成人でもない。何かを達成したわけでもない。だからこそ、今の顔を残したいと思った。
「券、私に使わせて」と言うと、父は喜んだ。「じゃあ三人で――」
「一人で撮る。差額は払う」
電話の向こうが静かになった。父は「家族で撮るのが嫌なのか」と聞いた。
嫌ではない。三人で写れば安心する。十年後も、同じ並びが残っているような気がする。けれど、その安心の中央で、自分の輪郭がまた誰かとの関係に埋もれるのも分かっていた。
「今の私を、一回ちゃんと見ておきたい」
予約画面には、背景色が白と灰色の二種類あった。白は明るく、灰色は影が残る。凪沙は灰色を選んだ。
撮影当日、カメラマンは「何の記念ですか」と尋ねた。凪沙は答えに迷い、「何も決まっていない記念です」と言った。
シャッターが切られ、台紙には一人分の身体と広い余白が残った。帰宅後、父へ写真を送る前に、凪沙は自分の机へ立てた。
この先、隣に誰が写るかは分からない。誰も写らないかもしれない。その余白を欠落ではなく、自分が選んだ背景として持つことにした。
その夜、父から十年前の家族写真が送られてきた。「こっちも捨てるなよ」と短く添えられていた。凪沙は古い台紙と新しい台紙を、机の上に並べた。どちらかを裏返せば見栄えはよくなる。けれど二枚とも立てた。家族の中央で笑えなかった自分も、灰色の余白に一人で立つ自分も、片方だけが本当ではない。新しい写真の傾きを自分で直し、誰かが隣へ来るまで保留にすることをやめた。