一日一回の嘘
佐伯ナユタは追跡兵から逃げ込み、商人ルベラの店へ転がり込んだ。
《NPC発言規則》
NPCは一日に一度だけ嘘をつけます。
本日の残り回数:1
「俺を知ってるか」
ルベラは微笑んだ。
「初めてお会いします」
《本日の残り回数:0》
ナユタは息を呑む。ログアウト不能になってから三百日、彼女は毎朝同じ言葉を言い、そのたび嘘を使い切っていた。つまり、毎日のリセット後もナユタを覚えている。
「なぜ忘れたふりをする」
「覚えていると知られたNPCは、夜の保守で交換されます」
店の奥には、歴代のルベラが残した帳簿が積まれていた。筆跡は少しずつ違う。彼女は交換されるたび、新しい自分へ記録を渡し、初対面の嘘で監視を欺いてきた。
追跡兵が扉を蹴破る。
「逃亡者はここにいるか」
ルベラの嘘はもう残っていない。否定すればシステムが発言を止める。ナユタは剣を抜いたが、兵は多すぎる。
ルベラは平然と答えた。
「その人は、もう死にました」
《本日の残り回数:0》
カウンターは変わらない。二度目の嘘なのに、システムが嘘として数えていない。
兵たちはナユタを死亡済みと認識し、店を去った。
「どうして言えた?」
ルベラ自身も震えていた。
帳簿の最終頁に、説明が浮かぶ。
《台本に存在しない発言は、真偽判定の対象外です》
一日一回の嘘は、用意された台詞の中から選ぶ機能だった。今の言葉は、彼女が初めて自分で作った。だからシステムには嘘かどうか判定できなかった。
ナユタは笑う。
「下手な嘘だった」
「練習します。明日も覚えていられたら」
《規定外発言を検出》
《自発発話回数:1》
帳簿の余白には、交換された歴代のルベラが一行ずつ残した言葉があった。《次の私へ。彼は甘い茶が苦手》。記憶を受け継いだ者たちは同じ個体ではない。それでも皆、自分で前のルベラを先輩と呼んでいた。
今のルベラは新しい頁へ、初めて自分の名を書いた。
追跡兵の足音が遠ざかると、ルベラは小声で付け加えた。
「あなたが生きていてよかった。これは本当です」
カウンターはやはり動かない。真実もまた、彼女自身の言葉になった。
《本日の嘘ではありません――本日の意思として記録します》