一時の来客

一時の来客は、夜の静けさを壊さずに金庫を開けた。

法律事務所の会議室で、所長が気を失っていた。書庫の金庫から、企業訴訟の原本だけが消えている。壁時計は一時七分。ブラインドは閉まり、電話も照明も落とされていた。

受付係は、全員が帰宅したあとに警報通知を受け、事務所へ戻ったという。廊下には人影がなく、給湯室の流しには氷の溶けかけたコーヒーが一杯。玄関マットには、宅配業者の靴跡が残っていた。

所長と争っていた元依頼人は、午前零時から二時まで高速道路を走っていた。料金所記録がある。宅配業者も深夜配送はしていない。警察は、合鍵を持つ受付係が一人で夜の事務所へ戻り、盗難を装った可能性を疑った。

しかし受付係の端末には、一時三分に所長から着信がある。通話は二秒で切れ、その直後に警報が鳴った。所長自身が何者かを中へ入れたらしい。

所長の袖には、宅配伝票に使う青い複写インクがついていた。元依頼人は配送会社から制服を借りたことはないと言ったが、彼の車から同じ会社の空箱が見つかった。夜の侵入を想定するかぎり、その箱は動機と結びつかなかった。

刑事は給湯室の紙コップを持ち上げた。氷はほとんど残り、表面に細かな水滴がついている。何時間も放置されたものではない。玄関に落ちていた配送票には、当日十二時五十八分の機械印があった。

受付係が「全員が帰ったあと」と言ったのは、帰宅後ではなかった。事務員たちは昼休みに外へ出ており、所長だけが残っていた。節電のため、休憩時間は照明と電話を落とし、日差しを避けてブラインドを閉める決まりだった。

壁時計の一時七分は午前一時ではなく、午後一時七分。夜の来客ではなく、昼の宅配を装った人物が入ったのだ。

高速道路の記録は午前のものだった。元依頼人の車は十二時四十九分、事務所裏の駐車場カメラにも映っていた。

刑事が配送票を差し出すと、元依頼人は「夜中に宅配が来るはずがない」と言った。

そのとおりだった。一時の来客は夜を選んでいない。皆が昼を夜だと思うよう、静かな休憩時間を選んだだけだった。