一杯ぶんの空腹

柏谷棗和の世代は、空腹を病名として習った。栄養は皮膚から自動補給され、食事は祭りの演出に残るだけだ。顎の筋肉も弱く、固形物を噛める人は少ない。

父は自動栄養へ移行する直前まで、食堂で働いていた世代だった。棗和が幼い頃にはもう店を畳んでいたが、酒を飲むと、客の顔を見て味を変えた話をした。棗和は非効率な自慢だと思い、聞き流していた。父の舌が弱ってから、その話だけが何度も思い出された。

終末期の父が、味噌汁を飲みたいと言った。

「香り刺激なら再現できます」と医療AIは提案した。

「偽物じゃなくて、棗和が作ったやつ」

棗和は困った。台所は物置になっており、鍋には説明書が必要だった。味噌を入れる順番も、出汁という言葉の意味も知らない。

一杯目は焦げ臭く、二杯目は塩の水になった。病室の栄養管理は、固形物の持ち込みを危険と判定した。棗和は許可申請を三度書き直し、誤嚥の責任を自分が負う欄へ署名した。誰かのために危険を引き受ける署名をしたのは初めてだった。

三杯目を病室へ運ぶと、父は眠っていた。目覚めるまで待つうちに冷えた。温め直している間に、父の容体が悪化した。

四杯目を口元へ運ぶと、父はほんの少し舌を動かした。

「薄いな」

「ごめん」

「お前の母さんも最初は薄かった」

それが最後の会話になった。

棗和は残った汁を飲んだ。味は頼りなく、粒が沈み、喉に引っかかった。けれど次の一口を待つ自分がいた。自動補給では感じたことのない、足りなさだった。

最初に友人を招いた日は、皆、椀を持つだけで腕が疲れた。食べる速度も合わず、早い人は待ち、遅い人は謝った。棗和は、その不揃いな時間こそ食卓だったのだと知った。

父の死後、棗和は週に一度だけ栄養供給を遅らせた。空腹になるまで待ち、鍋を火にかけた。友人を呼ぶと、皆おそるおそる椀を持った。

「どうしてわざわざ足りなくするの?」

「待っている間に、会いたい人を思い出すから」

味噌汁は少しずつ濃くなった。上手になりすぎないよう、計量はしなかった。

棗和にとって空腹は、満たされない不具合ではなく、誰かと同じ卓へ向かうための余白になった。