一番早い研究日誌

王立魔法学院の創立宴で、アニェーゼ・セントルは研究盗用を告発された。

婚約者フォルカー・ホルデンが、新型治癒陣の論文を掲げる。

「私の術式を盗んで自分の名で発表した。婚約を破棄し、学位も剥奪させる!」

論文の筆跡はフォルカーのものだった。アニェーゼは反論を急がず、革表紙の研究日誌を一冊だけ取り出す。

「共同研究契約では、最初に記録庫へ預けた日誌を原案とします」

表紙の封印を解くと、預入日が光った。前年の五月二日。フォルカーの論文提出より八か月早い。ページには完成した治癒陣と、彼女一人の署名がある。

「日付を改竄したな!」

「記録庫の時刻魔法は、預けた瞬間に固定されます。私にも変えられません」

証拠は一冊の日誌だけ。それでも、彼の論文は机上で白紙へ戻り始めた。

治癒陣は、幼い弟の古傷を治したい一心で始めた研究だった。失敗した術式も、焼け焦げた紙も、すべて日誌に残してある。フォルカーは完成した頁だけを写し、社交界で説明できない彼女に代わると言って発表者の座を奪った。アニェーゼは自分の口下手さが悪いのだと思いかけていた。だが話すのが遅いことと、成果を盗まれてよいことは別だ。八か月早い日付は、彼女が積み重ねた夜を一つも消さずに守っていた。

フォルカーは青ざめて囁く。

「共同研究だったことにしよう。婚約も継続する。君は社交が苦手だから、発表は私がした方がいい」

「私の声を奪っておいて、代わりに話してあげたと?」

アニェーゼが日誌を抱くと、学院総裁を兼ねる皇太子クローディオ・アステルが一人だけ近づいた。

「帝立研究院に独立研究室を用意する。論文の第一著者も、発表者も、あなた自身だ」

「殿下が私の代わりに説明なさるのではなく?」

「質問ならする。答えはあなたから聞きたい」

彼は演壇へ上がらず、下から手を差し出す。フォルカーが「私なしでは資金を得られない」と叫んだ。

アニェーゼは彼の論文を返し、静かに首を横へ振る。

「八か月前から、私は一人で始めていました。これからは、私を一人にしない人と進みます」

元婚約者へ背を向け、皇太子の差し出した手を取った。