予約投稿は三時十分
椎名は毎週、三時十分に短い音声を投稿する。
その時刻に意味はない。最初に眠れないまま録音を終えたのが三時十分で、それ以来、夜の端へ小さな印をつけるように続けている。
今夜の題は「窓の明かり」だった。
机のライトは白く、エアコンの風が原稿の端を揺らす。窓の外では雨が電線から落ち、一定ではない間隔で室外機を叩いていた。ノートパソコンのファンは、書き出しを始めると急に速くなった。
椎名は向かいのマンションに、いつも遅くまで点いている窓があることを話した。住人の顔は知らない。今日は早く消えたこと。だから何かあったとは思わず、ただ早く眠れたのならいいと思ったこと。
録音は四分二十秒だった。
予約画面へタイトルを入力し、三時十分を選ぶ。公開まで残り三分。
椎名は再生回数を気にしない、と毎週決めている。けれど投稿後はいつも画面を開き、ゼロが一になるまで待ってしまう。誰かが聞かなければ、声は部屋から出なかったのと同じに思えるからだ。
三時十分。公開の表示へ切り替わる。
ゼロ。
空調が回る。雨が落ちる。パソコンのファンが弱くなる。
三時十二分、数字が一になった。
通知はない。誰が再生したのかも分からない。四分二十秒を最後まで聞くかどうかも分からない。
椎名は、向かいのマンションを見た。消えていた窓の隣で、別の部屋の照明が点いた。カーテンの向こうを人影が一度横切り、すぐ見えなくなる。
声を聞き始めた人と、その窓の人が同じはずはない。それでも夜には、自分の知らない順番で灯りが点き、再生が始まり、誰かが水を飲んでいる。
椎名は四分二十秒を待たず、パソコンを閉じた。
スマートフォンを充電器へ置くと、通知を待つ姿勢まで机から離れた。椎名は向かいの窓をもう一度見たが、点いた灯りの理由を想像せず、カーテンを静かに閉めた。
今夜の声がどこまで届くかは、朝まで見張らなくていい。机のライトを消すと、雨だけが窓に残った。ゼロでなかったことより、ゼロの時間も含めて投稿できたことが、少しだけ心強かった。