予言書から消された一行
赤月の夜、王女を火口へ捧げれば国は救われる。
大神殿がそう告げ、民衆は恐怖から王女の馬車を取り囲んだ。欠落鑑定士エドナは、王女付きの書記として処刑行列に同行していた。
【欠落鑑定:対象から意図的に失われた情報を一つ復元する】
この力で戻せるのは、破れた帳簿の数字程度だ。大司教は予言書を高く掲げた。
「神託は完全である。疑う者は国を滅ぼす」
だが完全なものなら、なぜ羊皮紙の下端だけ色が新しいのか。
エドナは馬車から飛び降り、予言書へ手を伸ばした。護衛に地面へ押さえつけられながら、欠落している一行を鑑定する。
消された文字が、火のように空中へ浮かんだ。
――捧げるべきは王家の血にあらず、民を欺き王冠を望む聖職者の冠なり。
群衆が一斉に大司教を見る。
予言は王女の命を求めていなかった。大司教が王女を殺し、空いた玉座へ傀儡を置くため、最後の一行を切り取っていたのだ。
「偽造だ!」
彼が叫ぶと、予言書の切断面が光った。大司教の冠の裏から、切り取られた羊皮紙が燃えずに現れる。神託は、自分の欠落を証明した。
赤月が頂点へ達する。
王女は大司教の冠を奪い、火口へ投げた。地鳴りが止まり、赤い月は白へ戻る。必要だったのは命ではなく、偽りの権威を捨てることだった。
昨日まで大司教へ従っていた騎士たちが、今度は彼へ鎖をかける。
王女はエドナの泥を払った。
「失われた一行だけで、国を救ったのね」
「消した方が、残りより大切なこともあります」
馬車を囲んでいた民は、石を置き、代わりに王女の道を開けた。昨日まで「国のため」と叫んでいた者ほど顔を伏せる。王女は彼らを責めず、次から神託は一人の聖職者ではなく、三人の書記と民の代表が全文を確認すると定めた。エドナには最初の校訂印が渡され、切り取られた羊皮紙は偽りを忘れないため王宮の入口へ掲げられた。
白い月光が予言書を照らし、その余白にエドナの新しい職業名が現れた。
【職業:欠落鑑定士 → 神託欠落校訂官】