二つの村を守る一本線

谷の東にあるアグ村と、西のベル村は、長年放牧地の境を争っていた。その隙を縫うように山犬が入り、両村の子牛をさらう。それでも壁の話が出るたび、「相手側を先に守るのは損だ」と決裂した。

仲裁役マルタは、境界に二本の壁を造る案を捨てた。

「山犬が通る稜線に、一本だけ。村境ではなく、獣と牧草地の境です」

費用は壁に接する放牧地の長さで割る。東西どちらの村かは計算に入れない。牛を持たない家は無料。石積み一日を銀貨一枚として差し引き、中央門の鍵は二本作らず、門柱の箱に置く。開閉記録は東西の番人が交互に署名する。

東の長ガンロは問い詰めた。

「西が石を積まなければ、こちらだけ働き損だ」

西の長セツリも同じ顔をした。

マルタは作業を十二区画に分け、区画が完成するたび、その両側の牧草地だけを使える規則を示した。

「働いた分は、その日から守られます。相手の善意を先払いする必要はありません」

翌朝、東の若者が一番区画へ石を置いた。するとその隣の牧草地を使う西の老女が、二番区画へ石灰を運んだ。壁は一方から伸びるのではなく、谷のあちこちで同時に生まれ、やがて一本につながった。

途中、三番区画の石灰が雨で流れ、東では西の手抜きだという噂が立った。だが作業板には、その区画を塗ったのが東西四人ずつだと残っていた。責める相手が消えると、八人は揃って塗り直した。マルタは失敗の印も消さず、横に二度目の印を付けた。完成だけでなく、直した事実まで共有されたことで、一本線は境界より先に両村の記録になった。

完成した夜、山犬の群れが稜線を下った。壁に沿って走り、中央門へ来たが、記録どおり閉まっている。群れは牧草地へ入れず、山へ戻った。

朝、東の子牛と西の子牛が壁の内側で同じ水場へ鼻を寄せた。ガンロとセツリは門柱の箱へ、一本の鍵を並んで戻した。

門の上には二色の板が掛けられた。東の赤でも西の青でもなく、中央で混ざった紫だった。

――この線の内側では、子牛の持ち主を問わない。

紫の板の下で、二つの群れの鈴が一つの音になった。