二人分の雪庇
朽木正親が山小屋へ着いたとき、屋根の雪は庇より一メートルも張り出していた。矢萩道隆は玄関からスコップを投げた。
「話は後だ。北側から落とす」
二人は以前、同じ山岳救助隊にいた。三年前の冬、吹雪の中で遭難者を一人救えなかった。撤退を決めたのは隊長の正親で、最後まで残ろうとした道隆は翌日、隊を辞めた。互いに正しかったと言い聞かせたまま、会わなくなった。事故調査では撤退判断に問題なしとされたが、その一文は、二人のどちらも救わなかった。
正親は退職し、町の部屋も引き払っていた。古い無線機を返す、それだけのために来たつもりだった。
二人は命綱を結び、屋根へ上がった。雪庇は外から見えるより重く、切れ目を入れるたび屋根が低く鳴った。道隆が先へ出すぎると、正親は腰のロープを引いた。
「三歩戻れ」
「まだいける」
「戻れ」
道隆は一瞬止まり、従った。直後、足元の雪が大きく崩れた。白い塊が轟音を立てて谷側へ落ちる。二人は屋根へ腹をつけ、息を整えた。
「あのときも、こうやって引けばよかったか」
道隆が言った。
「引いた。お前が切った」
「そうだったな」
それ以上は続かなかった。遭難者の家族へ何を言ったかも、隊を辞めてからどこにいたかも、雪の上では話さなかった。
夕方までに北側を落とし、南側には少し残った。日が暮れ、完全には終えられない。小屋へ下りると、道隆はストーブへ薪を入れ、濡れた手袋を二組並べた。鍋には最初から二人分のシチューが温められていた。
「客が来る予定だったのか」
「天気図を見れば、お前が今日来るのは分かる」
正親が無線機を机へ置くと、道隆は電池を交換し、充電器へ差した。
「返しに来た」
「明日、南側で使う」
客室の札はすべて外されていたが、奥の小部屋だけ布団が敷かれていた。枕元には、正親が隊を辞めた日に置いていった予備の笛がある。
翌朝の作業表には、二つの名前が書かれていた。正親は消さず、玄関で自分の登山靴の雪を落とした。靴は外へ向けず、ストーブの方へ揃えた。