二十秒の治療箱
野戦治療所の薬箱は、大きいほど立派だとされていた。
包帯、針、薬瓶、鋏、糸が一つの箱へ放り込まれ、負傷者が来るたび治療師が底を探る。先週は止血鉗子が見つかるまで四分かかり、兵士が一人死んだ。
「箱を小さく区切る暇があるなら祈れ」
主任治療師は実里を嘲った。
実里は薄板で箱の中を仕切った。左に止血、中央に洗浄、右に縫合。蓋を開けた手前から、治療で使う順に並ぶ。道具を増やしたのではない。場所を決めただけだ。
その日の午後、訓練場から騎士が運び込まれた。太腿の動脈を切り、担架の下まで血が落ちている。
「鉗子!」
実里は蓋を開け、左手前から一度で掴んだ。十二秒。圧迫布、洗浄瓶、縫合針も、手が次の区画へ移るたび現れる。
二十秒で出血が止まった。
実里の手は箱の中を一度も探らなかった。使い終えた器具は空いた区画へ戻るため、何がまだ体内に使われているかも一目で分かる。針の区画だけが空なら、縫合針は患者側にある。置き忘れを数で確認する必要がない。
血で視界が狭くなった見習いにも、実里は「左、中央、右」とだけ告げた。文字を読む余裕がなくても手順が崩れない。見習いは洗浄瓶を一度で取り、栓を落とさず渡した。
旧箱の底では、割れた薬瓶の液が包帯へ染み込み、使える物まで駄目になっていた。仕切り箱には一滴も回っていない。
主任が旧式の箱から同じ道具を探し終えたのは、止血後だった。床には中身が散らばり、薬瓶が一本割れている。
騎士の脈が戻る。青かった唇に色が差し、本人が「脚は」と呟いた。
「残る」
実里が答えると、治療所に張り詰めていた息が一斉にほどけた。
軍医長は二つの箱を並べ、同じ道具を戻させた。仕切り箱は二十七秒。旧式は三分十六秒。さらに揺らしても、仕切りの中身は混ざらない。
主任治療師が何か言いかける。
だが助かった騎士団長が、実里の箱へ自分の紋章を置いた。
「この箱を騎士百隊へ一つずつ配る。設計料は言い値で払う」
軍医長は続けて採用状を開いた。
「実里殿を救急装備主任に任命する。次の負傷者から、全員この二十秒を使え」