二月三十日の葉書

二月の終わり、郵便受けへ二月三十日消印の葉書が届いた。

差出人は自分。

ただし、十年前に町を出た方の自分だった。

現在の女性は、病気の父を支えるため、音楽学校への進学を断った。

町の会計事務所で働き、父を見送り、今も実家へ住んでいる。

葉書には、

「昨夜、大きな劇場で演奏しました。

拍手は長かった。

終演後、ホテルで一人、父の最期へ間に合わなかった夢を見ました。

あなたは、残ってよかったですか」

二月三十日の葉書は、人生の分かれ道で反対を選んだ自分同士へ届く。

女性は返事を書く。

「父の最期にはいました。

でも介護へ疲れ、優しくできない日がありました。

葬儀後、あなたの演奏会の記事を見て泣きました。

私は、残ってよかったのでしょうか」

翌年の二月末、返事が来る。

「分かりません。

私は演奏を仕事にしましたが、好きだった曲を仕事で嫌いになりました。

あなたの台所で父と食べた最後の夕飯を、何度も想像します」

一年に一往復しかできない。

二人は、互いの人生を少しずつ報告した。

町に残った女性は、父の家を守り、友人の子どもへ音楽を教え始めた。

町を出た女性は、演奏旅行を減らし、小さな会場を選ぶようになった。

どちらも、相手の人生を羨み、同時に不便そうだと思った。

五通目、現在の女性は迷っていた。

父の家を売り、町を出て音楽教室へ勤めないか誘われている。

もう四十代。

今さらと思う。

「あなたなら行きますか」

翌年の葉書には、怒った字で書かれていた。

「私を、選ばなかった人生の専門家にしないで。

私は町へ戻るか迷っています。

あなたなら戻りますか」

女性は笑った。

二人とも、反対側に正解があると思い続けていた。

返事を書く。

「分からない。

次の二月三十日まで待たず、今いる人へ相談します」

会計事務所の同僚、音楽を習う子どもたち、父の友人。

家を売ることを話すと、寂しがる人も、応援する人もいた。

誰も決めてはくれない。

女性は町を出た。

ただし実家をすぐ売らず、一年だけ貸すことにした。

戻りたいか、別の町で暮らしたいかを試すために。

次の二月末、葉書は来なかった。

二月三十日という存在しない日へ、答えを預ける必要がなくなったのかもしれない。

女性は自分宛てに普通の葉書を書いた。

「選ばなかった私は、幸せかもしれない。

選んだ私も、今日のところは悪くない」

消印は、実在する三月一日だった。