五分長い接客

貝塚弓乃の評価表には、平均接客時間〈店舗基準より五分超過〉とあった。

携帯電話店で働き始めて八か月。契約件数は並だが、オプション販売が少なく、相談だけで帰る客が多い。集計画面では、買い替えを思いとどまらせた対応は〈成約なし〉の灰色で並び、何を防いだかを書く欄はなかった。

「親切なのはいい。でも、販売員は一時間に何組対応できるかも大事だよ」

店長が例に挙げたのは、その日の午前に来た高齢の男性だった。銀行アプリが開かないので新しい端末を買いたい、と言っていた。

弓乃は機種を勧める前に、画面の隅に見慣れない遠隔操作アプリを見つけた。男性のイヤホンからは、サポート担当を名乗る声が聞こえている。声は弓乃にも聞こえるほど大きく、「店員には言わないで」と繰り返していた。男性の指は、教えられた数字を入力する直前で震えていた。相手は「新しい端末へ替えれば解除される」と急かし、銀行の暗証番号を入力させようとしていた。

弓乃は通話を切る許可を取り、店の電話から銀行の不正利用窓口へつないだ。送金直前で口座は止まり、端末の買い替えも不要になった。接客は五十二分。売上は零円だった。

「結果はよかった。でも、毎回そこまで抱えると回らない」

弓乃は、新人用の聞き取り票を出した。〈誰にアプリを入れるよう言われたか〉〈今、通話中か〉。買い替え相談の最初に二問だけ加えれば、長時間抱え込む前に詐欺の可能性を判断できる。午後の新人は、その票で別の客の不審な画面共有を早く見つけていた。弓乃はその対応時間が十三分で済んだことも、手順の効果として記録した。

店長は、販売成績のよい旗艦店への異動を提案した。歩合も上がる。

弓乃は異動票を受け取らず、本部の社内公募を開いた。希望先は〈顧客安全サポート〉。売らずに終わる相談を、失敗として数えない部署だった。

「五分短くするより、五分で気づける仕組みを作りたいです」

弓乃は午前の対応記録を添え、異動申請を送信した。