五客そろわない湯のみ
桐箱には、湯のみが四つしか入っていなかった。
本来は五客組らしく、箱の仕切りが一つだけ空いている。朝佳が新聞紙を広げると、母は食卓の向こうから言った。
「それは捨てないで。お正月に使うから」
「新しい部屋、四人も座れないよ」
「詰めれば座れるでしょう。家族なんだから」
母は空いた仕切りに指を入れた。欠けた一客を、誰が割ったのかは口にしない。けれど毎年、湯のみを出すたび、母は「そろっていた頃はよかった」と言った。
朝佳は四つを並べた。松、竹、梅、無地。無地だけ口が薄く欠け、金継ぎもされていない。
「この一つ、私が使ってたよね」
「あなたは雑だったから、無地にしたの」
母は笑った。冗談のつもりらしい。
朝佳は無地の湯のみを手に取った。欠けた場所に指を当てると、皮膚が少し引っかかる。
「これだけ持っていく」
「一客だけじゃ意味がないでしょう」
「湯のみは一人でも使えるよ」
「セットをばらばらにしないで。家族までばらばらになるみたいで嫌よ」
朝佳は新聞紙を一枚、四角く折った。母の言葉はいつも、物の形で人を縛る。椅子が五脚なら五人で座り、湯のみが五客なら全員が帰る。その席を断れば、器まで寂しそうな顔をさせられた。
「もう、そろってないよ」
空いた仕切りを指すと、母は目をそらした。
「買い足せばいいじゃない」
「足さない。足りないままで使うか、使わないか決めよう」
母は三つの湯のみを見つめた。やがて松の柄を取り、自分の新居用の箱へ入れた。
「これは私が使う」
「うん」
「竹は、お父さんに送る。梅は来客用」
四つ目の空きは、そのまま残った。
朝佳は無地の湯のみを新聞紙で包んだ。母が輪ゴムを差し出したので、受け取る。きつく巻かず、一周だけ留めた。
「お正月、来ないの」
「その年ごとに決める。来ても、この湯のみは持ってこない」
母は少し笑った。
「一客しかないものね」
責める音の薄い笑いだった。
桐箱は処分することになった。五つの仕切りだけが立派な箱を、母自身が資源回収の束へ置く。朝佳は一客分の温度を想像しながら、自分の箱へ無地の湯のみを入れた。そろわないことを、欠けではなく数え方に変えるために。