介護ベッドの配送先
大庭里緒の家へ、注文した覚えのない介護ベッドが届いた。
配送員の後ろには義兄の昭仁が立っていた。
「母さん、来週退院するから」
「それで、なぜうちに?」
「史朗は次男だし、お前は嫁だろ。うちは新築で床を傷つけたくないんだ」
夫の史朗は、気まずそうに壁を見た。義母の文江を引き取る話を、里緒には一言もしていなかった。昭仁はすでに六畳間の寸法まで配送会社へ伝え、玄関横には紙おむつと防水シーツが積まれている。
文江は里緒を家族旅行に一度も誘わず、親族の集まりでは「次男の同居人」と紹介した。史朗が抗議しなかったため、里緒は半年前から夫婦関係を整理していた。
「設置同意書を見せてください」
配送員が端末を開く。依頼者は昭仁。設置先の承諾者欄には、里緒の名をまねた署名があった。
「これは私の字ではありません。設置を拒否します」
昭仁が声を荒らげた。
「もう金は払ったんだぞ。今日置けなかったら困る!」
里緒は配送会社へ事前に送っていた本人確認書を示した。昭仁が前夜、「嫁には当日言えば断れない」と家族チャットへ書いた画面も添えてある。会社は不正な署名を確認し、設置先変更の手続きを始めた。
史朗が里緒へ近づく。
「母さんの行く場所がなくなる。しばらくでいいから」
「あなたは昨日、兄さんに《里緒なら押し切れる》と返信したでしょう」
里緒は離婚調停の申立書の控えを渡した。この部屋は彼女の単独名義で、史朗も月末には退去することになっている。
配送員が昭仁へ尋ねた。
「ご注文はキャンセル不可の商品です。別の設置先をお願いします」
「施設へ送ってくれ」
「施設側の受入れ契約がありません」
里緒は、注文書に記載された請求先住所を指した。それは昭仁の新築住宅だった。
配送員は端末を操作し、設置先を変更する。
荷台の扉が閉まる直前、昭仁の携帯に完了通知が届いた。
《介護ベッド配送先――ご依頼者様自宅》