仕立てた人

十五年ぶりの同窓会で、河原崎拓也は朽網遥臣のスーツを上から下まで眺めた。

「ブランドのロゴがないな。せっかく見た目は良くなったのに、服で損してる」

遥臣は黒に近い茶色のスーツを着ていた。肩に沿う線が美しく、歩くだけで布が静かに戻る。昔、兄のお下がりばかり着ていた彼を、河原崎は“古着人形”と呼んだ。

「これは自分で作ったから」

「趣味の裁縫? 俺のはイタリア製。百二十万」

河原崎は袖口のロゴを見せ、同級生たちへ時計と車の値段まで語った。遥臣は笑うだけで、自分の仕事を説明しなかった。

会場のホテルへ、黒塗りの車が止まった。降りてきたのは、世界大会を連覇した有名サッカー選手だった。宴会場がざわめく中、選手はまっすぐ遥臣へ歩み寄る。

「朽網さん、次の授賞式用もお願いします。あなたの服じゃないと、肩が動かしにくくて」

遥臣はロンドンと東京に店を持つ、注文服ブランドの創業者だった。俳優、選手、経営者の顧客は紹介制。年間の仕立て数は少ないが、一着の価格は河原崎の自慢したスーツの数倍で、会社の利益は毎年伸び、前年には海外ブランドから巨額の買収提案を断ったばかりだった。

ホテルの画面に、海外ファッション誌の特集が映る。端正な遥臣の横顔と、〈世界の身体を最も美しく見せる日本人〉という見出しがあった。

河原崎は自分の胸元を整えた。

「でも、職人だろ? 俺は着る側の人間だから」

サッカー選手が河原崎のスーツを一瞥する。

「その袖、長すぎません? 朽網さんなら絶対に出さない」

笑いをこらえる声が広がった。河原崎が腕を曲げると、無理に詰めた背中の縫い目が小さく裂けた。

遥臣は裁縫箱を持っていたが、手を伸ばさない。

「直してくれ。同級生価格で」

「今は二年待ちなんだ」

選手が遥臣の肩へ親しげに腕を回し、次の世界大会用の契約書へその場で署名した。

河原崎の背中から糸が一本落ちた瞬間、“古着人形”と笑われた少年が、世界の一流を着せる側にいることが確定した。