代役貸出店

駅ビルの五階に、「あなたの代わり、貸します」という店があった。

店員へ予定を伝えると、本人そっくりの代役を一日だけ貸してくれる。

代金は、その代役が過ごした時間の記憶だった。

仕事の忙しい母は、子どもの運動会に代役を送った。

自分は会社へ行き、夕方帰宅すると、子どもが嬉しそうに言った。

「応援、大きかったね」

代役は母と同じ声で叫び、同じ弁当を作り、転んだ子どもへ駆け寄ったらしい。

母には何も残っていない。

写真には自分が写っているのに、その場所の匂いも、空の色も分からなかった。

次は授業参観。

その次は誕生日会。

代役は完璧だった。

子どもは「忙しいのに来てくれた」と喜び、母は仕事で評価された。

使うたび、家族のアルバムに知らない自分が増えた。

ある夜、子どもが作文を持ってきた。

題は「お母さんとの思い出」。

運動会で手を握ったこと。

参観日に目が合ったこと。

誕生日に一緒にろうそくを消したこと。

「どれが一番好き?」

子どもが尋ねた。

母は答えられなかった。

代役の記憶を代金として渡したため、どれも写真以上に知らない。

「全部」

とごまかすと、子どもは少し考え、

「じゃあ、二番目は?」

と聞いた。

母は店へ走った。

「記憶を買い戻したい」

店員は首を振った。

「代役が過ごした日は、代役のものです」

「私の顔で?」

「顔が同じでも、時間は共有できません」

母は次の学校行事の予約を取り消した。

しかし当日、どうしても外せない会議が入った。

上司に事情を話し、途中で抜けたいと頼んだ。

評価が下がるかもしれない。

同僚に迷惑もかかる。

それでも、今回は自分で行った。

行事は小さな合唱会だった。

母は一曲目に間に合わず、二曲目の途中で席へ着いた。

息を切らし、髪も乱れている。

子どもは舞台の上から見つけ、少しだけ笑った。

帰り道、母は聞いた。

「今日、どこがよかった?」

「お母さんが遅れて入ってきたところ」

「歌じゃないの?」

「本物だって分かったから」

母は傷つき、同時に救われた。

その後も行けない日はあった。

代役は使わず、行けないと先に伝えた。

家族はがっかりし、時には怒った。

それでも母の知らない思い出は増えなかった。

作文の続きに、子どもは一行書き足した。

「お母さんは、間に合わないこともある。でも来た日は、ちゃんと覚えている」

完璧な代役より、不完全な本人の方が、家族の時間には必要だった。