保健室文庫の二週間
諸星杏里は、二週間、昼休みを保健室で過ごした。
熱はなかった。怪我もしていない。
教室へ入ろうとすると、胸の奥が狭くなるだけだった。保健の先生は理由を聞かず、窓際の椅子を一つ空けてくれた。
初日、杏里は何もせずチャイムを待った。
二日目、棚にあった薄い冒険小説を借りた。
「持って帰っていいですか」
「保健室文庫だから、返せばね」
主人公は、霧の町から出られない少年だった。出口を探すたび同じ広場へ戻る。それでも毎日、一本ずつ違う道を試す。
杏里は昼休みに一章ずつ読んだ。
教室から笑い声が聞こえると頁を閉じた。廊下に足音が増えると、文字が頭へ入らなくなった。
先生は何も言わず、お湯を沸かした。
十日目、少年は町の端に図書館を見つけた。
十一日目、図書館の本に出口の地図があると分かった。
十二日目の頁で、物語は終わった。
続きは第二巻、と最後に書かれていた。
「次、ありますか」
先生は棚を探し、首を振った。
「学校図書館にはあるみたい」
図書室は教室の向こう側だった。
杏里は本を抱えたまま、保健室の扉を開けた。
昼休みの廊下は人でいっぱいだった。購買へ走る生徒、窓際で話す生徒、教室の入口を塞ぐ背中。
一度、戻ろうとした。
すると先生が、借りた本へ返却済みの小さな紙を挟んだ。
「これは返せた。次は借りに行くだけ」
杏里は本を棚へ戻し、空いた両手を握った。
廊下を半分歩いたところで、同じクラスの女子と目が合った。
「杏里、今日いたんだ」
「うん」
「次、移動教室だよ」
「知ってる」
それだけの会話だった。
図書室へ着き、第二巻を借りた。司書が貸出票へ名前を書く音が、妙に大きく聞こえた。
保健室へ戻る途中、予鈴が鳴った。
杏里は自分の教室の前で立ち止まった。
第二巻はまだ開いていない。
それでも扉を引き、席へ向かった。
その日、午後の授業を最後まで受けた。
物語の出口がどこだったかは、今ではよく覚えていない。
杏里が覚えているのは、借りた続きを胸へ抱え、人の多い廊下を保健室とは反対へ歩いた、二週間目の昼休みだった。