保証サービスの申込書
文香が日帰り手術の日程を決められなかった理由は、痛みではなく一枚の紙だった。
〈帰宅時の成人同伴者〉
鎮静剤を使うため、一人で帰ることはできない。頼めそうな友人はいるが、平日の午後を空けてもらうことになる。まだ日程も決めていないのに「付き添って」と言うのが、文香にはひどく重かった。
二十九歳で独身なら、こういう場面に備えておくべきだったのだろうか。誰かと交際していれば、もっと自然に頼めたのか。診察室を出てから、文香はそんな考えばかり繰り返した。
病院から渡された封筒には、二枚の案内が入っていた。
一枚は〈手術延期届〉。
もう一枚は、提携する帰宅同行・緊急連絡サービスの申込書だった。料金は一万二千円。スタッフが迎え、家まで付き添い、翌朝まで電話確認を行う。申込書の最下段には、〈関係性を説明する必要はありません〉と小さく書かれていた。
金額を見た瞬間、文香は腹が立った。誰かがいれば払わなくていいお金だった。独身でいることに、また追加料金がついたように思えた。
申込期限の朝、病院から確認の電話が来た。
「延期でも問題ありません。次回の日程は三か月後になります」
三か月あれば、付き添ってくれる相手を探せるかもしれない。新しい恋人ではなくても、もっと気軽に頼める関係を作れるかもしれない。けれど手術を先延ばしにしながら、その誰かを待つ自分を想像すると、文香は疲れた。
「同行サービスを使います」
電話を切り、申込書へカード番号を書いた。高いと思う気持ちは消えない。人とのつながりを金で置き換えた、と落ち込む夜もあるだろう。
それでもこれは、誰にも頼らない強がりではない。必要な助けを、今使える形で確保する選択だった。
手術当日、迎えに来たスタッフは、文香の鞄を持とうとはしなかった。「歩けますか」と確認し、半歩後ろを歩いた。その距離がありがたかった。
玄関に着くと、文香はサービス完了票へ署名した。
空欄だった同伴者欄には会社名が印刷されている。理想の形ではない。けれど、理想の誰かが現れるまで身体のことを保留にしないと決めた、自分の名前をその下に書いた。