倉庫へ戻った限定色

人気化粧品の限定色発売日、榧森璃久は売場の在庫表示が開店前から〈完売〉になっていることに気づいた。

店内には誰もいない。入口の外には、発売を楽しみにした客が三十人以上並んでいたが、真叶は『予約完売』の札だけを見せ、一人も売場へ入れようとしなかった。

販売主任の早乙女原真叶は、常連客から事前予約を受けたと説明した。ところがバックヤードでは、段ボール六箱が私服の男へ渡されようとしていた。

「本部の法人注文です」と真叶は言う。

璃久は新人販売員だったが、入荷数と予約数が合わないことを報告した。真叶は彼女を倉庫整理へ下げた。

「限定品は太い客へ回すの。一般客へ一本ずつ売っても効率が悪い」

段ボールを受け取る男は転売業者で、発売前から定価の四倍で出品していた。真叶には売上の一部が戻る約束だった。

その日の午後、親会社の抜き打ち在庫監査が入った。

商品には一本ごとに流通番号があり、店頭販売、法人販売、テスター用で登録区分が違う。六箱の番号はすべて店頭限定分。法人注文書は真叶が作った偽物で、取引先コードも存在しなかった。

真叶は、売上自体は会社へ入るから損害はないと主張した。

監査担当は出品画面を示す。転売業者は“公式先行販売”を名乗り、メーカー保証まで偽っていた。真叶が社内チャットで商品写真と入荷時刻を渡した記録も残っている。

親会社は六箱の引き渡しを停止し、真叶を自宅待機、転売業者を系列全店の取引拒否にした。通販サイトは全出品を削除し、前金を購入者へ返金した。

璃久は在庫表示を正しい数へ戻した。

発売を待っていた客は、抽選で一人一本ずつ購入する。高齢の客へ色を試すとき、璃久は急かさず照明の下で似合うか確認した。

最後の一本が正規客へ渡ったあと、監査担当は璃久へ正式な売場責任者研修を提示した。

倉庫から戻った限定色が百人のポーチへ分かれ、真叶の社員証だけが倉庫扉で赤くなった瞬間、効率よく買い占める計画は、一本残らず正規販売へ塗り替えられた。