傘立てに二本

 星見沢真弓は、十二歳の高井戸弦と暮らし始めてから、玄関へ傘を二本置くようになった。

 真弓は図書館司書で、弦は亡くなった友人の息子である。法的な手続きを終えても、二人の生活はどこか仮住まいのようだった。

 弦は自分の物を部屋からあまり出さず、傘も毎回折り畳みを鞄へ入れた。

 梅雨の朝、雨が強く降った。

 弦の折り畳み傘は、骨が一本曲がっている。

「長い傘を使って」

 真弓が青い傘を差し出す。

「真弓さんのじゃない?」

「私は黄色を使う」

「二本あったんだ」

「あなたが来た日に買った」

 弦は少し黙り、青い傘を受け取った。

 夕方、駅へ迎えに行くと、弦は傘を差さず軒下へ立っていた。

「どうしたの」

「風でまた曲がると嫌だから」

「使うための傘よ」

「でも新しい」

「濡れないと、ずっと新品の他人行儀なまま」

 二人で青い傘を開いた。

 真弓の黄色い傘は持ってきていなかったので、一本へ入る。弦は背が伸び始め、肩が少し濡れた。

「狭い」

「来年はもっと狭い」

「大きいの買う?」

「今度は一緒に選ぼう」

 帰りに肉まんを買った。

 家へ着き、傘を開いたまま浴室へ干す。

 青い布から雫が落ち、床へ丸い跡を作った。

 二人は台所で肉まんを半分ずつ食べた。生姜と醤油の香りが湯気へ混じる。

「一本ずつ買ったのに、一緒に入ったね」

 弦が言う。

「雨が強かったから」

「それだけ?」

「それ以外に理由がいる?」

 翌朝、弦は青い傘を玄関の傘立てへ戻した。

 折り畳んで自分の部屋へ持っていかなかった。

 黄色と青が並び、濡れた先端から小さな水滴が落ちる。

 夏になり雨が減っても、傘はそこにあった。

 真弓が図書館へ出るとき、弦が学校へ行くとき、二本のどちらかが空になる。

 夕方にはまた並ぶ。

 家族になることは、同じ傘へ入ることだけではない。

 帰ってきたとき、自分の傘を置く場所が決まっていることでもあった。

 玄関には雨と肉まんの残り香が薄く残り、傘立ての底で二本分の雫が一つの水たまりになっていた。青い布には、乾きかけの雨の匂いがまだ残っていた。