先着一名の遺産

宝生燿平は毎朝、父・修吾へ寿命を一日ずつ送る。透析帰りの父が「今日は一日長いな」と笑うのを見るためだった。送金手数料は三分。親孝行としては安いと思っていた。

父は、自分でも六年分を買っていた。

退職金を使い、母の治療に渡すつもりだと燿平にだけ話した。移転手続きの前夜、修吾は風呂場で倒れ、そのまま亡くなった。

死亡確認と同時に、家族全員へ通知が届く。

《未使用寿命:六年十二日》

《相続受付を開始します》

亡くなった人の寿命残高は、最初に生体認証した一人の法定家族へ全額移る。それが唯一の規則だった。分割すれば争いが長引き、価値が減るという理由だった。

「母さん、指を」

燿平は母の手を端末へ近づける。抗がん剤で震え、認証枠から何度も外れる。

《読み取りに失敗しました》

もう一度。

《失敗》

三度目の途中、画面が暗くなった。

《相続先が確定しました》

受取人は、十年会っていない兄だった。

兄は父の死亡通知へ自動応答を設定していた。時刻は死亡確認から〇・四秒後。

燿平は電話する。

「父さんは母さんに渡すつもりだった」

『証拠ある?』

「俺が聞いた」

『寿命の口約束は無効だろ』

兄の残量に六年十二日が加わる。

母は端末を見て、ゆっくり手を引いた。

「修吾さん、あの子にも何か残したかったのかもね」

そんなはずはない。父は兄が自分の会社を売り、借金だけ置いていったことを最後まで怒っていた。

燿平は異議申立てを送る。

《先着相続は取消不能です》

母の治療継続に必要なのは四年。現在残高は三か月。

兄へ四年だけ譲ってくれと頼むと、購入価格を提示された。市場相場の三倍だった。

『家族割引』

添えられた文字を見て、燿平は端末を投げかけた。

母が止める。

「お父さんの一日、今日も送ってくれた?」

燿平は朝の履歴を開いた。

父へ送った一日は、死亡時刻後の着金だったため、六年十二日に含まれて兄へ渡っていた。

手数料三分だけが燿平から引かれている。

翌朝、いつもの自動送金が作動した。

《受取人は死亡しています》

《先着相続人へ転送します》

燿平は解除した。

父を一日長くするための習慣が、兄を一日長くする決済に変わっていた。