八口目には数えない

桜庭詩織は、品質保証室で一人、しらすのおにぎりを見つめていた。

新製品の公開まで三日。画面には不具合報告が並び、廊下の時計は午前一時半を示している。チームリーダーが帰り際、机へ置いていったものだった。

詩織には、食べ物を十二口に分ける癖がある。十二まで数えれば呼吸が乱れない。会議室で胸が締めつけられた日も、昼食を十二口で終えれば午後の席へ戻れた。

誰にも話していない。発作が知られれば、公開担当から外されるかもしれない。先月、駅の階段で動けなくなったときも、貧血だったと説明した。病院の予約画面を開いては、忙しい週を避けて閉じた。

発作の前には、周囲の音が遠くなり、指先だけが冷たくなる。詩織はその兆しを見つけるたび、給湯室で水を飲み、何事もなかった顔に戻った。リーダーは理由を聞かず、会議の席を出口側へ変えてくれた。それでも受診すれば、配慮が正式な弱さへ変わると思い込んでいた。

包みを開くと、しらすの塩気を含んだ匂いがした。ひと口噛むたび、小さな骨がかすかに歯へ当たる。

一、二、三。詩織はいつものように数えた。四口目で、未修正の報告が一件減った。五口目で、チャットに新しい依頼が届いた。六口目で、胸の奥が浅く上下し始めた。

十二まで食べなければ。きれいに終えなければ。そう思うほど、七という数字のあとが遠くなった。

詩織は七口目を飲み込み、残りを見た。あと何口かは、形から分からない。指で均等に割れば数えられる。それでも、割らなかった。

次のひと口を、八と呼ばずに食べた。骨の小さな感触だけを確かめる。さらにひと口食べ、最後の一片は包みへ戻した。

食べきれなかったのではない。数え終わらなくても、席を立てるか試したかった。

詩織は病院の予約画面を開き、公開翌日ではなく、明日の午前を選んだ。リーダーへの連絡には〈通院のため二時間遅れます〉とだけ書いた。

包みの中の一片を冷蔵庫へ入れ、付箋に〈朝〉と記す。十二という数字を書かず、詩織は品質保証室の照明を消した。