八膳目
料理動画を配信する雲林院尚弥は、椀倉集落の「七膳講」を撮影した。二十八歳の若手料理人で、郷土食の再現が得意だった。
古い献立表では、七膳目だけ材料欄が空白で、調理者の体重が数字として記されていた。尚弥は『空腹そのものを供える比喩』と解説する台本を用意していた。視聴者へ怖がらせすぎず、郷土料理として美しく見せることが、依頼主から求められた仕事だった。
祭礼帳には、献立より大きな字で一つだけ書かれている。
《七つ目の膳に、「いただきます」と言ってはいけない》
湯気には山椒と古い畳の匂いが混じり、誰もいない座布団が膳の到着ごとに少し沈んだ。七つ目の席だけ、尚弥が近づく前から箸先が濡れていた。
集会所の長机へ、汁物、煮物、白飯の膳が一つずつ運ばれた。誰も座らない席が七つ。尚弥はカメラへ料理を説明し、六膳目までは味見もした。
七膳目は空の椀だった。ライブ配信のコメントに「食べてみて」「決め台詞まだ?」と流れる。尚弥は普段どおり両手を合わせ、一度だけ言った。
「いただきます」
自動字幕には「いただかれます」と表示された。
空だった椀に、尚弥の母が作る肉じゃがが湧いた。匂いまで子どものころと同じだった。長机の下から七人分の箸が伸び、椀を囲む。尚弥が後ずさると、配信画面の視聴者数が七から八になった。
映像を止めた瞬間、何もかも消えた。保存された動画では、尚弥が空の椀に向かって一人で手を合わせているだけだった。
配信アーカイブのコメント欄では、八番目の視聴者だけが尚弥の台所から投稿を続けていた。
帰宅した夜、料理宅配アプリから注文通知が届いた。尚弥は店側のアカウントを持っていない。それでも注文票には、見覚えのある料理が並んでいた。
《七膳講 八膳目》
《品目:雲林院尚弥 一人前》
《受取場所:自宅寝室》
キャンセルを押すと、「調理済みのため不可」と出た。玄関チャイムは鳴らない。代わりに配達員からメッセージが届いた。
【配達員】集荷しました。
【尚弥】何をですか。
【配達員】ご本人です。寝室にまだ一人残っていますが、そちらは容器でしょうか。
直後、スマホの健康アプリが通知した。
《体重六十一・四キログラムを食事として記録しました》