円がほどける前に

郁乃と一星は、中学に入るまで毎日一緒に帰っていた。

高校では、廊下ですれ違っても目を合わせなくなった。理由は大したことではない。去年の文化祭で、郁乃が一星の秘密をうっかり話し、一星が「もう信用しない」と言った。それだけの言葉が一年残った。

体育祭のフォークダンスで、二人は同じ円に並んだ。

近づいてくるのは最初から分かっていた。郁乃は順番を数えないふりをし、一星はずっとグラウンドの外を見ていた。

最初の数人と踊っている間、郁乃は何度も足を間違えた。相手が変わるたび一星が近づき、胸の奥だけが先に次の拍へ進んだ。昔は同じ傘に入ることさえ平気だったのに、今は手を触れるだけで勇気が要った。

やがて二人の番が来た。

手を出すまでに一拍遅れた。指先だけが触れる。

「ごめん」

郁乃は音楽に消されるくらいの声で言った。

一星は答えない。二人で横へ三歩、戻って三歩。昔、帰り道の縁石で同じ歩幅を競ったことを、郁乃は思い出した。

「ずっと言いたかった」

「一年も?」

「言うタイミングがなくて」

「今があるじゃん」

一星の声は怒っていなかった。それがかえって痛かった。

二人は腕を組んで回る。遠心力で少し離れ、また近づく。

「信用してない?」

「してない」

「そっか」

「でも、してないままでも話せる」

郁乃は顔を上げた。

交代の合図が近い。円の外で先生が笛を口にくわえている。

「帰り、コンビニ寄る?」

一星が言った。

中学のころ、二人は肉まんを半分ずつ食べた。郁乃は熱い方を一星へ押しつけ、一星はいつも文句を言った。信号が変わるまでに食べ終える競争をし、毎回そろって舌を火傷した。思い出すと、失った一年より、その前の長さの方が急に大きく見えた。

「まだ売ってないよ」

「アイスでいい」

「体育祭のあとに?」

「だからいいんだろ」

笛が鳴り、手が離れる。

次の相手が来たのに、郁乃は一歩動けなかった。一星が背中を向けたまま、右手を後ろへ伸ばした。

郁乃はその掌を一度だけ叩いた。

円はほどけ、列は別々の退場門へ向かった。

その日の帰り、二人は並んでアイスを食べた。仲直りという言葉は使わなかった。

ただ、歩幅だけが一年ぶりに揃っていた。