刑事役、取調室へ
俳優の蘇芳匡士は、没入型推理劇の休憩中に裏口へ出た。血糊のついたシャツ、偽物のナイフ、黒い手袋。そこへ本物の刑事二人が走ってきた。
「動くな!」
匡士は新しい演出だと思い、両手を上げた。
「ずいぶん本格的ですね」
「凶器を捨てろ」
「小道具なので、返却が必要です」
「署で聞く」
近所で起きた強盗事件の犯人と、衣装も背格好も一致していたのである。匡士は取調室へ連れていかれたが、宣伝用の密着企画だと思い続けた。
「昨夜十時、どこにいた」
「第三幕の港です」
「港で何をした」
「被害者を刺しました」
刑事の鉛筆が止まった。
「被害者との関係は」
「毎公演、私に殺されます」
「常習犯か」
「週六回です。火曜は休演」
「共犯者は」
「照明、音響、血糊担当」
「組織的だな」
匡士は感心した。
「アドリブを入れても?」
「好きにしゃべれ」
「犯行は私ではない。真犯人は客席にいる!」
「何だと」
「第二幕で伏線を見落としましたね」
「事件を芝居扱いするな!」
「事件の芝居ですから」
ようやく互いの認識が割れ始めた。刑事が防犯写真を見せると、匡士は画面を指さした。
「この人、さっき劇場にいました。最前列で、やけに出口を見ていた客です」
「顔を覚えているのか」
「観客の反応を見るのも仕事です」
そのころ劇場では、開演ベルが鳴っていた。匡士の代役がいないため、舞台監督が客席へ向かって叫ぶ。
「刑事役の蘇芳匡士さんを見ませんでしたか!」
最前列の男が立ち上がり、逃げ出した。本物の刑事が劇場へ駆け戻り、匡士は手錠のまま案内した。男は舞台へ飛び乗ったが、回転扉の仕掛けを知らず、壁の裏へ落ちて捕まった。客席はすべて演出だと思い、総立ちで拍手した。警察が本物だと告げても、観客は「細部までリアルだ」と感心するばかりだった。
終演後、刑事が手錠を外した。
「人違いだった。すまない」
「次回公演、出演しませんか。迫力があった」
「断る」
犯人役は釈放され、犯人は休演した。