割れない掌の粉

北方遠征に同行する伯爵夫人たちは、白粉を持っていけなかった。

馬車が石を踏むたび、木箱の中で粉壺が開く。目的地へ着く頃には衣装も手紙も真っ白になり、肝心の白粉は床板の隙間へ消えていた。王都の工房は厚い蓋を作ったが、蓋を開けた瞬間に風で飛ぶ問題は変わらない。

元・化粧品工場員のシュエルは、粉を容器へ詰めるのではなく、固めることを提案した。

「白粉を石にして、どうやって顔へ塗る」

工房主は笑った。シュエルは細かくふるった粉へ、肌になじむ結合液を霧ほど少なく散らし、丸い型へ入れた。上から均等に圧をかけ、一晩乾かす。できたのは薄い円盤だった。

工房主は試作品を卓から落とした。銀箱は床で跳ねたが、円盤は割れない。逆さにしても粉煙は出なかった。

「固くて使えない」

シュエルが柔らかな刷毛を一度滑らせると、表面から必要な分だけ薄く取れた。黒布へ三回塗れば、毎回ほぼ同じ円ができる。従来壺を開けた黒布には、一度で皿一杯分の粉がこぼれた。

伯爵夫人は右頬へ固形粉、左頬へ従来粉を塗り、遠征用馬車で城壁路を十周した。戻ると箱の中は清潔なまま。固形粉は角ひとつ欠けず、右頬だけが均一だった。左頬は壺から舞った粉が襟へ積もっている。

工房主は、一枚作るのに白粉を余計に使うと責めた。会計官が量ると、固形粉一枚で四十回分。従来壺はこぼれを含め平均十八回分だった。荷物の重さも半分になった。

夫人たちはその場で試作品を奪い合い、十六枚すべてに予約札が付いた。

遠征当日、銀箱は医薬箱や地図と同じ袋へ入れられた。三日後に届いた報告では、旧式の粉壺を持つ別隊は七個中五個が開き、固形粉は二十個すべて無傷。化粧直しに要した時間も、一人十分から二分へ縮んでいた。

工房主が最後に円盤へ拳を落とした。それでも割れず、表面を刷毛で撫でれば、塗る分だけ柔らかな粉へ戻った。

遠征隊長は白く汚れた旧式の箱を閉じ、シュエルの銀箱だけを軍需台へ置いた。

「北方隊へ二千個。携帯化粧品の製造をあなたに任せる」