十九歳で売った私

鍵谷珠路は十九歳のとき、自分の予備肉体の所有権を売った。

大学の入学金が必要だった。契約書には「将来の医療資源」とだけあり、人工子宮で育つ複製体が人の形になるとは想像しなかった。

三十六歳になった珠路へ、所有会社から面談通知が届いた。

購入者は大手不動産会社の会長。白血病治療のため、珠路の予備個体から骨髄と免疫系を採取するという。

「私と会長は他人ですよ」

「遺伝子適合用に編集済みです。元型提供者への説明義務が発生しました」

画面には、十九歳の珠路と同じ顔の少女が映った。名前はなく、商品番号KJ-19。成長を促すため、珠路の幼少期記録を学習させられていた。

面会すると、少女は開口一番、

「お父さんはまだ借金してる?」

と尋ねた。

珠路が売却時に提出した記憶面談が、そのまま人格教材になっていたのだ。少女は父の怒鳴り声を知り、母の卵焼きを懐かしみ、行ったことのない高校の校歌を歌えた。

「あなたは私じゃない」

珠路が言うと、少女はうなずいた。

「でも、あなたが捨てた怖い夢を、私は毎晩見ます」

採取すれば少女は重い免疫障害を負う。拒否権はない。珠路は買い戻しを申し出たが、価格は十九歳のとき受け取った額の八百倍だった。

彼女は大学で学んだ会計知識を使い、会社の予備肉体事業を調べた。貧しい若者から権利を買い、富裕層向けに改変した個体は一万体以上。契約は合法だったが、人格形成の隠蔽は違法だった。

珠路は少女との面談映像を公開した。

会長は治療を延期し、会社は彼女を名誉毀損で訴えた。珠路は職も家も失った。それでも世論が動き、KJ-19には暫定人格権が認められた。

少女は「砂羽」と名乗った。珠路が幼い頃、家を出たら使おうと秘密に決めていた名前だった。

二人は姉妹にはなれなかった。似すぎた過去が、むしろ距離を作った。

それでも珠路は、砂羽の専門学校の保証人になった。

十九歳の自分を救うために、珠路は未来の誰かを売った。

その借金は金では返せなかった。

だから彼女は、砂羽が自分と違う人生を選ぶたび、少しずつ返済していると思うことにした。