十五分だけ鍵をかける
図書館の昼休み、早苗は職員室の鍵をかけなかった。
利用者に呼ばれたとき、すぐ出られるようにするためだ。休憩中の札を出していても、返却口が詰まれば片づけ、検索端末で困っている人がいれば席を立つ。静かな職場だから、忙しさは声ではなく視線で届いた。
その日は朝から、児童室の読み聞かせと団体貸出が重なっていた。昼食の時間になっても、早苗の手は細かく震えている。職員室へ入り、弁当箱を開ける。白いご飯の上に、梅干しが一つ。箸を持ったところで、扉の向こうから控えめなノックがした。
「すみません、ちょっといいですか」
利用者の声だった。早苗は反射的に立ち上がる。口の中にはまだ何も入っていない。
扉を開けると、コピー機の使い方が分からないという。案内して戻るまでに七分かかった。
椅子へ座ると、今度は内線が鳴った。別フロアから、予約本の場所を聞かれた。早苗は端末を開き、保管棚を伝える。電話を切ると、ご飯の表面が乾き始めていた。
休憩は残り十五分。早苗は急いで食べようとした。けれど喉が狭くなり、一口目がなかなか飲み込めない。午後もカウンターに立つ。今休まなければと思うほど、早く食べなければという焦りが増した。
また廊下で足音が止まる。ノックされる前に、早苗は扉へ向かった。手が取っ手に触れたところで、自分がまだ呼ばれていないことに気づく。
足音はそのまま通り過ぎた。
早苗は取っ手の下にある鍵を見た。職員室は休憩時に施錠してよいことになっている。けれど誰も閉めない。閉めれば、利用者を拒んでいるように感じるからだ。
早苗は鍵を回した。小さく金属音がした。
その音だけで、心臓が速くなる。困っている人が来たら。職員が急ぎで入ろうとしたら。説明できる理由を探しながら、早苗は椅子へ戻った。
弁当をゆっくり食べる時間はもうない。だから半分だけ食べ、残りは蓋をした。机に腕を重ね、額を置く。図書館の静けさが、扉一枚ぶん遠くなった。
三分ほどして、ノックが一度鳴った。早苗は顔を上げたが、立たなかった。扉の札には「休憩中 十二時四十五分まで」と書いてある。足音はやがて離れていった。
十五分後、早苗は鍵を開けた。問題が解決したわけでも、午後の疲れが消えたわけでもない。冷えた弁当を鞄へ入れ、カウンターへ戻る。
ただその日、早苗の休憩には、内側からかけた鍵の音が残った。