十倍成長は午前九時まで
通販会社の企画主任、桐生谷惟人は朝一番の売上画面を見て叫んだ。
「十倍だ!」
前日まで一時間あたり百万円だった売上が、画面では一千万円を超えている。昨夜、惟人が公開した新しい商品名の効果に違いない。
部下が集まった。
「〈普通の枕〉を〈夜を取り戻す装置〉へ変えただけで?」
「言葉は市場を動かす」
「写真も同じです」
「同じ物を違って見せるのがブランドだ」
「値段を二千円上げました」
「高いほど眠れそうに見える」
社長が駆け込んだ。
「本当に十倍か?」
惟人は画面を指した。
「数字は嘘をつきません」
経理が言う。
「数字を表示する人は時々間違います」
「成功の日に水を差さないでください」
緊急会議が始まった。
「在庫を十倍に」
「倉庫が足りません」
「隣の工場を借りる」
「契約前に生産を?」
「機会損失は罪だ」
「借金は?」
「未来への前払い」
惟人の言葉は次々に議事録へ入った。
広告代理店も呼ばれた。
「全国放送へ切り替えましょう」
「有名俳優を使う」
「誰を?」
「眠そうな人」
「演技力への評価が難しいですね」
「最強の企画は人を選ばない」
惟人は社長へ新しい肩書きを提案した。
「主任では意思決定が遅い。最高睡眠戦略責任者を」
「略称は?」
「CSSO」
「既存の何かと重なりそうだが、売上十倍なら検討しよう」
九時になり、社員総会が開かれた。惟人は壇上で語る。
「商品は変わっていない。変わったのは、我々の言葉だ」
拍手が起こる。
「この成長曲線は、まだ始まりにすぎません」
後方でデータ担当者が手を上げた。
「すみません。画面の比較条件が違います」
「どこが?」
「昨日は午前八時から九時までの一時間。本日は午前零時から九時までの累計です」
「つまり?」
「九時間分なので、ほぼ九倍です。残りは値上げ分です」
社長が尋ねた。
「商品数は?」
「販売個数は昨日より一個少ないです」
会場の拍手が止まった。
惟人は画面を見つめた。
「では、私が生んだ十倍成長は?」
データ担当者は時計を指した。
「午前九時で集計条件をそろえたら消えました」
最高睡眠戦略責任者は、昼までに主任へ戻った。