十六分割の夜
佳凪の夜は、十六個の画面に分かれている。
オフィスビルの警備室。正面のモニターには、玄関、エレベーターホール、非常階段、地下駐車場が四列に並ぶ。誰もいない廊下を照明が白く満たし、数秒ごとに画面が切り替わった。
午前二時半、交代の人が来て、佳凪は隣の休憩室へ移った。
そこにも小さな監視モニターが一台ある。音はなく、映像だけが回る。天井の空調は一定の風を送り、自販機のファンが低く唸っている。外では雨がガラス壁を叩き、排水管を水が走った。
佳凪はコンビニで買ったおにぎりを開けた。
昼の仕事を辞めて夜勤を始めた頃、友人たちは心配した。危なくないのか、眠れなくならないか、一人で怖くないか。佳凪は「ビルにはずっと人がいる」と答えた。清掃員、設備員、残業する社員。けれど画面に映る人は、たいてい数秒で別の区画へ消える。
今夜も十六分割のどこにも人影はなかった。
午前零時までは、窓の多くに残業の灯りがあった。ひとつ消え、またひとつ消え、最後に警備室の白さだけがガラスへ映った。佳凪は消灯を見送るたび、自分が建物の外へ残されたように感じていた。けれど今夜は、消えた部屋にも椅子や書類や飲みかけの水があり、朝まで場所を保っているのだと思えた。
エレベーターのモーターが遠くで回る。何階かで扉が開き、閉じる。小さなモニターの右下に、清掃用カートを押す人が現れた。
その人は廊下の角で立ち止まり、天井のカメラを見上げた。
佳凪は箸を止めた。
画面の中の人が、片手を一度だけ振った。
こちらが見ていると知っていたのかもしれない。レンズの汚れを確かめただけかもしれない。佳凪も、誰もいない休憩室で小さく手を振った。
映像は次の場所へ切り替わり、地下駐車場の濡れた床になった。
返事は届かない。それでも佳凪の手のひらには、動かした感覚が残った。
自販機のファンが回る。
監視画面が回る。
雨水が配管の中を回り、地面へ落ちる。
佳凪はおにぎりを食べ終えた。十六個の画面は、世界を細かく切り分けているのではなく、同じ夜を別々の角度から置いているように見えた。
休憩終了の時刻になる。佳凪は監視室へ戻り、画面を一つずつ確認した。
どこにも人はいなかった。だからこそ今夜は、自分が一人で見ていても大丈夫だと思えた。